≪自由主義は姿を消したのか≫

戦争が終わって72年たった今の国際情勢がこのようになると予想した向きはいただろうか。冷戦が終わり、米国一極時代を経て、世界は多極化に向かっている。それでも米国に指導性がある時代には、一定の国際秩序は存在した。

が、トランプ政権が米国に誕生し、大統領の口から「米国第一主義」「孤立主義」「保護貿易主義」を示す露骨な表現が出るたびに、国際社会は動揺する。日米同盟の恩恵にどっぷり漬かりながら、米国批判を続ける呑気(のんき)な時代は去ったと理解してよかろう。

石が流れて葉が沈む時代が到来したのであろうか。少なくともトランプ大統領の言動を眺めている限りでは、国際的常識であった自由貿易主義、国際主義は姿を消したし、優れて戦略的狙いを持つ環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)離脱を場所もあろうに、1月の大統領就任式に合わせて高言するなど尋常ではない。

時期を同じくして中国の習近平国家主席はスイスの世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に初参加して基調演説を行い、「世界を取り巻く多くの問題は決して経済のグローバル化がもたらしたものではない」と述べた。

2人のランナーが急に方向をそれぞれ逆にしたように見えよう。正しいかどうかの判断は控えるが、トランプ大統領は196カ国・地域が史上初めて地球温暖化防止に合意したパリ協定から離脱し、習主席は温暖化防止の推進者になると約束した。自由主義諸国で構成される先進7カ国(G7)首脳会議などで米国がいままで孤立する場面があっただろうか。

≪「ユーラシア大陸の世紀」が到来≫

米国の内向き傾向と対照的なのは中国がすでに着手した一帯一路構想であろう。金融面でアジアインフラ投資銀行も少なからぬ役を果たす。ブレジンスキー元米大統領補佐官は20年ほど前に、冷戦後ユーラシア大陸で覇を唱える大国の出現を米国は許してはならないと警告していたが、中国の一帯一路はまさにその大国に相応する。

ミャンマーのシットウェー、バングラデシュのチッタゴン、スリランカのハンバントタ、パキスタンのグワダル港などの諸工事は「真珠の首飾り」としてインド封じ込めの戦略・戦術と考えられていたが、紅海、地中海を通じて欧州に向かう大構想の一環であることがわかる。

もとよりこの構想が支障なく進展するとは思われないが、右の諸港から網の目のような陸上の交通路が張り巡らされるだけで、この地帯で何が実現しようとしているかは判然とする。キッシンジャー元米大統領補佐官は20世紀から21世紀にかけての時代を「大西洋の世紀」から「太平洋の世紀」への移行期と説明していたが、実際には「ユーラシア大陸の世紀」の到来が始まっていると言っていい。

不気味なのは、トランプ大統領がTPPからの離脱をむしろ得意げに話し、一帯一路の覇権性には無頓着としか見えないことだ。

≪日本は対応を急がねばならない≫

米国との同盟関係が強ければ強いほど動揺は激しいと思う。ワシントンから世界全体に目配りした場合、北朝鮮によるミサイル、核実験の暴走に怯(おび)える日本、韓国などのアジア諸国、ロシアのクリミア半島強制併合以来、侵略脅威にさらされるウクライナ、ポーランド、バルト三国などがそれだ。

トランプ氏には大統領選挙の際のポーランド系米国人による支援へのお礼の意味もあったろう。7月6日にワルシャワでポーランド人の心をくすぐるような演説をぶって喝采を受けた。次いで、マイク・ペンス副大統領は7月31日にエストニアのタリン、8月1日にジョージア(グルジア)のトビリシ、2日にモンテネグロを訪れ、重要な演説を行った。

第1に目立ったのは3つの演説で、ペンス副大統領はくどいほど「米国第一主義」を訂正した。「私がこの場所で言いたいのは、アメリカ・ファーストは米国だけということではない。米国はグルジア人とともにいるという意味だ」(トビリシ演説)と述べた。それでも舌足らずのきらいはあるが、大統領発言の誤解を解こうという気持ちが込められている。

第2は北大西洋条約機構(NATO)第5条の確約だ。

http://www.sankei.com/column/news/170822/clm1708220007-n1.html

>>2以降に続く)