米ホワイトハウスの首席戦略官、スティーブン・バノン氏の辞任は、日本にとって朗報である。なによりも、米国の国益に無縁の関与は一切やらず、「アメリカ第一主義」というエゴイズムを牽引(けんいん)してきたからである。

政権内でも、経済的ナショナリズムの「われら」と、国際的リアリズムの「やつら」とを分裂させ、一時はトランプ大統領を操る黒幕のようであった。

バノン氏の一貫した考えは、国外の厄介事からは一切手を引き、北米の大きな島国に閉じ籠もることであった。国境に壁をつくり、資金の流出を防ぎ、海外投資の逆流で国力の回復をはかる。

なぜなら、氏が「米国が自滅を避けるまでに残された時間は少ない」との終末論的な思考の持ち主であるからだ。

中国、ロシア、北朝鮮の強権的な核保有国に向き合う日本にとり、米国の影響力低下は安全保障にかかわってくる。まして、トランプ政権が多国間協議から撤退すれば、中国が新たな「秩序の管理者」として台頭し、勢力圏の拡大を図るだろう。

解任の引き金は、バノン氏が先週末に登場した左派系サイト「アメリカン・プロスペクト」のインタビューにあった。政権内の同僚をことごとく中傷し、「中国との経済戦争に勝ち抜くことがすべて」と主張した。狙いはともかく、実態はバノン流の縮み志向である。

そのために国際的な非難を浴びようとも、中国を米通商法301条で制裁し、北朝鮮問題からはさっさと手を引くべきだとの考えを述べた。さすがのトランプ大統領も苦虫をかみつぶした。大統領が北に発した「炎と怒り」を見舞うことになる、との警告を真っ向から否定したからだ。

ティラーソン国務長官とマティス国防長官ら、氏のいう「やつら」は、米紙に連名で硬軟両様の誘い水を向けていた。北朝鮮と「朝鮮半島の非核化」を交渉するが、武力を使えば「圧倒的な力で効果的な対応をとる」と軍事行動をほのめかした。

これをバノン氏は、北が核計画さえ凍結すれば、米軍が半島から撤退する取引を検討すると交渉レベルを落としていた。軍事解決を除外してしまえば交渉力は著しく低下する。

そればかりか、米国が核の脅しに屈して東アジアを離れると、中国や北朝鮮の思惑通りになるだろう。

それは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)離脱によって、中国に戦略的な恩恵を譲り渡したケースと似ている。トランプ大統領は就任と同時に、バノン氏らの提言を受けてTPPからの離脱を表明し、東アジア諸国の信頼を損ねてしまった。

とくに、南シナ海の領有権を中国と争う沿岸国は、米国が「航行の自由」作戦を継続するかに疑念をもち、米国と連携することに尻込みした。米国の関与がなくなれば、中国からどんな懲罰を受けるか分からないからである。

この夏前から、バノン氏らの「保守革命路線」が後退し、共和党主流の国際協調のリアリズムが主導権を握りつつあった。大統領の言動と行動は予測不可能なままだが、彼を支えるケリー首席補佐官らが、トランプ大統領にバノン解任を助言した。

これにより、政権発足時から中枢にいた高官は、ペンス副大統領を除いてすべていなくなった。残るはトランプ大統領その人が、覚醒することなのではあるが…。(東京特派員)

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スティーブン・バノン氏 (ロイター)