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李明博が当選するや否や、大臣候補者らの不正についてKBSが熱心に報道してきたのが理由だ。さらに、08年5月に李明博政権が米国産牛肉の輸入を決めると、MBCとKBSはBSEの危険性について報じる。

それを機に、反政府デモが70万人規模(主催者発表)にまで発展し、発足間もない李政権は危機的な状況に追い込まれた。

公共放送局の社長は事実上、大統領が選任するが、任期中に思うがまま解任することはできない。

08年、李明博大統領が選んだKBSのユ・ジェチョン理事長(当時)は、私服警察を動員して会議室を封鎖した上で、盧武鉉政権時に就任したチョン・ヨンジュ社長を解任する決議案を審議し、無理やりクビにしてしまう強引な手を使っている。

2010年、政府が推進する河川整備事業について疑問を呈する報道にMBCが力を入れると、李政権はやはり盧武鉉政権時に就任した社長を辞職に追い込み、李元大統領と近しい人物を社長に選出する。

そこに反発したMBCの記者やディレクター社員らが大規模なボイコットを起こしたのだが、それを理由に、多くの記者らが現場から追い出された。その例が解雇されたチェ監督や、「追い出し部屋」に異動させられた冒頭のディレクターだ。

直接的な懲戒処分を受けなくても、これまでの担当とはまったく畑違いの部署に追いやられるなど左遷されるケースも多かった。中には番組の制作現場から外され、会社が運営するスケートリンクの管理人として異動させられるケースもあった。

チェ監督は「この映画はこの9年間で、公共放送であるKBSとMBCを掌握しようとする者にどのように占領されたのか、どんな戦いと犠牲があったのか記録を見せる映画だ」としている。

2012年当時、ストライキによって少なくない番組放送がストップせざるを得なくなると会社側は、1年契約など非正規でスタッフを雇い、契約更新をちらつかせることで、番組内容をコントロールした。

政権批判的な番組の制作は許さず、労組から脱し、会社側についたアナウンサーが、人気報道番組のメインキャスターに起用された事例もあった。

文在寅政権による変化

文在寅(ムン・ジェイン)政権は李明博・朴槿恵政権による言論弾圧に批判的な立場だ。文在寅大統領は選挙期間中、大統領候補者らによるMBC討論番組の場で「司会者には申し訳ないが、大統領になった暁にはMBC問題も解決したい」と明言している。

しかし、MBCの現社長は朴槿恵が弾劾される前の2月に就任したばかり。任期中の社長を、文政権が李明博政権のような強引な方法を使って降ろすわけにはいかない。

そのため政権が代わっても、MBCにはいまだに「追い出し部屋」が存在するなど、報道の自由が妨げられている状況には変わりない。

冒頭の知人は、今年の5月、全斗煥政権に反発した87年の民主化運動についての番組制作の中断を上司から命じられ、それに従わないと懲戒処分を受けた。

現在、KBSとMBCでは李明博・朴槿恵政権時に任命された理事長と社長の退陣に賛成する社員が8〜9割に達するという。

知人に連絡をしてみると、現在、会社に出勤しながらも業務放棄をすることで会社に反発の意を示しているという。300人余りのスタッフが同様のサボタージュを決行している。

2012年に減少したMBCの労組員の人数も政権交代後、回復しており、9月には大規模ストライキを予定している。

ストライキを理由に経営陣が退陣することはないだろうが、放送通信委員会がストライキを理由に社長らの進退について俎上に載せることは可能なのだという。放送通信委員会は政府機関のため、大統領側の基本的に大統領側の意志によって動く機関だ。

政権の意向に沿った放送局の運営がなされる構造の問題

しかし李明博・朴槿恵側の人間を辞任に追い込んだとしても根本的な解決にはならない。肝心なのは、政権与党の意のままに、放送局の経営陣が任命されるシステムそのものにメスを入れることだろう。

MBCの社長は現在、放送文化振興委員会の理事会によって決められている。理事会は与党・大統領府が推薦する人が6人、野党が推薦する人が3人という構成で、社長の任命には過半数の賛成が必要なため、事実上、大統領が社長を選任しているのだ。

(続く)