前回記事の最後に、不肖筆者は〈「ネット右翼誕生前夜=Dawn of the Online right-wingers」の胎動を書き示す〉と予告をしてしまったが、これを撤回したい。本格始動を行う前に今一度、読者諸賢と共有しておくべき前提条件が他にもありすぎると感じたからだ。

大変申し訳ないが、本格的にネット右翼史に入るまでに、ネット右翼に関する基礎的な了解事項をもう少しだけ整理しておこう。

「ネット右翼=社会的底辺層」説の嘘

ネット右翼が勃興し始めた2002年から、今年2017年で15年の区切りとなることを奇貨としてスタートした本連載だが、この間、現在に至るまで都市伝説的に信仰されている「ネット右翼=社会的底辺層」説を今一度点検し、これを否定しておこう。

「ネットで差別的な言動を取るネット右翼の正体は、無知文盲の低学歴・低収入の貧困層である」という風説は、未だにちらほらと噴出してくる。これは明白な嘘であると言わなければならない。

例えば2013年に筆者が行った調査(詳細は拙著『ネット右翼の終わり』晶文社などに詳述)によると、ネット右翼の平均年収は約450万円(日本人の平均年収と同程度)、四大卒(中退者を含む)は6割を数え、

その平均年齢は38歳強、男女比はおおむね3:1程度、主に東京・神奈川を中心とした首都圏在住者が全体の2/3に迫る。最も多い職業は「自営業者」であり、会社員であっても「管理職」といった他の労働者に対して指導的立場にある者が多かった(表1)。

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これをみると、ネット右翼とされる人々の社会的位置づけは、底辺というよりも、一言で言えば「大都市部に住むアラフォーの中産階級」である、となる。

差別的発言、排外的発言を開陳するネット右翼は、その言葉遣いだけを見ると無知文盲のごとく観測されるので、ネット右翼の社会的イメージは「低学歴、低収入の貧困層=社会的底辺層」とされがちだが、それは大きな間違いなのである。

第1回でも述べたが、数えきれないネット右翼と実際に接してきた私でも、この調査結果は皮膚感覚と符合する。

「朝鮮人を日本から追い出そう」「シナの工作員がテレビ局に入り込んで反日工作に勤しんでいます」などの、差別発言やトンデモ・陰謀論を開陳するネット右翼の中には、

医者、税理士、中小企業経営者、個人事業者、不動産業、会計士、学校教員、地方公務員など、社会的に相応の立場にある人々がなんと多かったことだろうか。

学歴や年収の高い、つまり社会的地位の高い者はネット右翼になるわけがない。彼らは差別的な発言やトンデモ陰謀論を信じたりはしない――という根拠なき信仰こそが、「ネット右翼=社会的底辺」説を常に支えているのだが、繰り返すようにこのような思い込みは何の根拠もない。

「中間階級」がファシズムの担い手になる

政治学者の丸山眞男は戦前の日本型ファシズムを支えた主力を、「中間階級第一類」とした。それはすなわち、中小の自営業者、工場管理者、土地を持つ独立自営農民や学校教員、下級公務員であり、企業でいえば中間管理職や現場監督などの下士官に相当する中産階級である。

これに対して「中間階級第二類」とは、大学教授や言論人などの文化人や、フリージャーナリストなどの知的労働に従事するインテリ階級であり、こちらは日本型ファシズムに対し終始冷淡であった、としている。

現在のネット右翼は、丸山眞男の定義する日本型ファシズムを支えた主力、つまり「中間階級第一類」に驚くほど酷似しているといわなければならない。

彼らこそが、政府・大本営の発表を鵜呑みに、翼賛体制の一翼を担って「鬼畜米英」を唱え、一方唱えぬものを「非国民」と呼ばわらしめた社会の主力だったのである。

右傾化の主力は「貧困層、社会的底辺層」であるとか、「貧困であるがゆえの鬱憤を差別発言によって発散している」などというのは根拠なき幻想であり、いつの時代でも、常に右傾化を支える主力は社会の中間を形成する中産階級なのである。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52663

>>2以降に続く)