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このような両国関係の現在を最も感じるのが、4万5千名の登録在留邦人と1万拠点を越える日系企業が集積し、日本の在外公館が世界各地で発給するビザ件数の3分の1が集中する総領事館のある上海という街であると力説する。

「日中関係は、引っ越しのできない重要で影響力のある隣人同士であり、共通利益に根ざした経済的WIN・WINの相互互恵の戦略的関係を構築していくべきだ」というのが、本書をつらぬく通奏低音。

経済的には 「中国の発展は日本の発展、日本の発展は中国の発展」という視点が重要である。両国の国民感情が日中関係を左右する不安定な関係から、共通利益に根ざした冷静で戦略的な互恵関係を推進すべきだとの主張は、長年の日中外交に携わってきたベテラン外交官ならではであろう。

中国に「今後如何に責任ある大国として振る舞う意思と衿持があるかが国際社会から厳しく問われることとなろう」と釘をさすことを忘れない。

◆中国共産党も「世論外交」を重視

昨今、ソフト・パワー、パブリック・デプロマシー(対市民外交)への関心が世界的に高まっている。

著者によれば、インターネットやスマートフォンが普及する中、また、中国市民の権利意識が高まる中で、中国共産党といえども世論への配慮や働きかけという広報マインドなしでは政策の円滑な遊行が達成しにくくなっている。

党独裁の体制であるが故に、中国共産党は「世論」というものの動向を注意深く見ながら統治していることがうかがえるという。

著者によると、上海地域のビジネスマンの感覚は、シンガポールや香港の実業家と本質的に差がない。電子商取引やレンタル自転車、そしてネットを利用したビッグデータの蓄積などを例に、「後発国の優位性」を活用して世界の最先端に躍り上がったと分析した。

「日本人は中国の変化を自分で見てみるという知的努力を怠っているのではないか。食わず嫌いではなく、自分の目で中国を見てほしい」と呼び掛けている。

◆ダイナミックで大きな変化見極めを

何千年も続いた中国社会には、社会や制度に対する信頼度の低さといった本質的に変わらない部分もある。

一方で、インフラ建設や、ビッグデータの活用を含めたインターネットによる経済・社会構造の転換など日本国内のスピード感では信じがたい速度で変化している部分もある。

中国への嫌悪感から、この国の社会で現在起きているダイナミックで大きな変化を真剣に見つめようとする関心を失ってしまうと、その方向性を正しく理解できなくなってしまう。

「日本にも、現在の閉塞状況を打破するために、再び新たな開国とチャレンジ精神が求められているのではないだろうか」というのが、著者の痛切な訴えだ。

全体を通じて著者の外交官としての真摯な取り組みと正義感、そして哀歓が伝わり、共感する部分が多かった。今後も、まだまだ不安定な日中間の「架け橋」として奮闘してもらいたい。(八牧浩行)

<『対中外交の蹉跌―上海と日本人外交官』(日本僑報社刊、3600円=税別)>

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写真は日本記者クラブで会見する片山氏(8月3日)。
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八牧浩行
1947年中国吉林省(旧満州)生まれ。 1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、取締役社長室長、常務取締役編集局長等を歴任。
この間、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。1987年には中国・李鵬首相(当時)と会見している。著書に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」(あさ出版)など。
趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

(おわり)