韓国の文在寅大統領が、日本統治時代に朝鮮半島から動員された徴用工について、個人の賠償請求権を認める見解を示した。「解決済み」と確認した日韓協定を否定しかねない、危うい発言だ。

文大統領は就任百日の記者会見で、元徴用工がかつて働いていた日本企業に対し損害賠償を請求する権利について、「(日韓)両国間の合意が個々人の権利を侵害することはできない」と述べた。

請求権問題では一九六五年の協定で、日本が韓国に有償、無償計五億ドルの資金を供与することで「完全かつ最終的に解決された」と確認した。当時の韓国政府は資金を国民への補償には使わず、高速道路や製鉄所などのインフラ整備に投入した。

協定から四十年後、盧武鉉政権が元慰安婦、原爆被害者、サハリン残留韓国人については六五年協定では対象になっておらず、賠償請求権は失われていないとの判断を示した。

だが、元徴用工ら労働動員の被害補償は協定で決着しているとの見解を明示した。盧政権で要職を務めた文氏も、二〇〇五年政府見解の作成に関わった。

それが今回、自らこれまでの韓国政府の立場を転換したことは、戦後の日韓関係の出発点である六五年協定の否定につながりかねない。歴代政権が積み上げてきた政策を尊重して、外交の根幹を崩さないよう強く望む。

韓国では今、慰安婦問題を象徴する少女像に続き、ソウルなどで徴用工の像が建てられている。文大統領の見解が世論を意識したものだとしても、徴用工問題を新たに政策に加えれば、日韓の対立はまた激しくなるだろう。

気掛かりなのは韓国司法への影響だ。最高裁は一二年、元徴用工の個人請求権は消滅していないとの判断を示したが、大統領の発言は判決を追認するものと受け止められる恐れがある。

現在、日本企業を相手取った損害賠償請求訴訟三件が最高裁で審理中だが、日本側の敗訴が続く可能性が出てきた。日本企業が賠償に応じない場合、韓国内の資産を差し押さえられるケースも起こり得る。

文大統領は就任以来、歴史の懸案に言及しながらも、日韓協力は推進すると繰り返し言明してきた。北朝鮮の核、ミサイル開発は、日韓が米国と連携して阻止すべき緊急の課題である。

徴用工問題で対立すれば、明らかにマイナスになる。文大統領には的確な外交を望みたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017082402000139.html

>>2以降に続く)