>>1の続き)

金正恩氏がグアムへのミサイル発射実験を棚上げしたのは、米国から報復攻撃を受けても、中国は頼りにならないと理解したからだ。もっと言えば、中国が報復攻撃に「事実上のゴーサイン」を送ったのを見て、金正恩氏も躊躇せざるをえなかったのである。

さらにロシアのプーチン大統領も、世界のすべての国も状況を理解した。もしも中国と米国が世界に向けて表明した基本姿勢を後で裏切ったりすれば、裏切った国が国際的非難の的になる。つまり、両国の新聞を通じた「往復書簡」は世界に向けた公約になったのだ。

国際公約であれば、それだけ信頼性も高まる。表明した政策の信頼性を確保するためにも、両国はあえて新聞を利用したとも言える。

それから米国の報復攻撃について。先週のコラムで私はロシアも報復を黙認するなら「米国は安心して報復できる。あとは金正恩氏に先に手を出させればいいだけだ。先に手を出させるのは戦いの鉄則である」と書いた。ここも説明を加えよう。

そもそも相手が先に手を出さなければ、戦争はできない。言い換えれば、戦争はあくまで自衛の戦いとしてのみ正当性を主張できる。これは現代の国際規律である。この規律が初めて世界に定着するきっかけになったのは、1837年のカロライン号事件だった。

どういう事件だったかというと、当時の英国領カナダで反乱があり、反乱軍が米国籍のカロライン号という船を使って物資や人員を輸送した。そこで英海軍が米国領内でカロライン号を破壊した。

米国のウエブスター国務長官は英国が自衛権を主張するなら「即座に、圧倒的で、手段選択の余地がなかった」ことを証明せよ、と迫った。

ここから、自衛権の行使には「急迫不正の侵害であり、他に防ぐ手段がなく、必要な限度にとどめる」という3要件が必要という認識が慣習として定着した。

日本の武力行使に関する新3要件も自国に対する侵害のほか「わが国と密接な関係にある他国」への武力攻撃を含めただけで、基本的に同じである。

ベトナムでは「トンキン湾事件」が起きたが…

報復攻撃と自衛権の問題は米国でも議論が起きている。

たとえば、ニューヨーク・タイムズは8月20日付の記事で、カロライン号事件にも触れながら「核ミサイルを持つ北朝鮮をソ連のように容認すべきだ」というスーザン・ライス前大統領補佐官の意見と

「(ソ連の先例を)北朝鮮の体制に当てはめられるのか」というマクマスター現大統領補佐官の反論を紹介している(https://www.nytimes.com/2017/08/20/world/asia/north-korea-war-trump.html?_r=0)。

いずれにせよ、米国が北朝鮮に対する報復攻撃を本当に実行しようとするなら、必ず「自衛のための攻撃」である点を明確にしなければならない。報復攻撃は後で国連で討議される。国連で自衛攻撃と主張できなければ、米国が国際法違反になってしまうのだ。

だから「相手が先に手を出した」状況を待つ、あるいは作り出すのは、米国にとって絶対に必要になる。これにも先例がある。

かつてのベトナム戦争では、米国は北ベトナム軍の魚雷艇が米軍駆逐艦を攻撃したトンキン湾事件を本格参戦の口実にした。だが後に、事件のすべてではなかったにせよ、一部は米国のでっち上げだったことが「ペンタゴン・ペーパーズ」の報道で暴露された。

金正恩氏の側からみると、いまの状況は出口がない。核とミサイルの開発を完成させるために、発射あるいは爆発実験を続ければ、いずれ米国の報復を招く可能性が高い。しかも頼みの中国からは半ば、見放されてしまった。現状の凍結を選ぶ公算はある。

だが、米国はそれでは納得しそうにない。歴史は再び、繰り返すのだろうか。

長谷川 幸洋
ジャーナリスト(東京新聞・中日新聞論説委員)。1953年千葉県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒、77年に中日新聞社入社。ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で国際公共政策修士。財政制度等審議会臨時委員、政府税制調査会委員などを歴任。

(おわり)