韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が先週、植民地時代に朝鮮半島から動員された徴用工の問題で、元徴用工の日本企業に対する個人請求権は消滅していないとの見解を示した。

日本政府としては、全く受け入れられない主張である。

1965年、日韓国交正常化に合わせて締結された日韓請求権・経済協力協定は、元徴用工も含めた両国の賠償請求権問題が「完全かつ最終的に解決された」ことを確認した。同協定に基づき日本は韓国に多額の経済協力を行った。

その後、韓国の盧武鉉(ノムヒョン)政権下でも、元従軍慰安婦や原爆被爆者などの個人請求権は失われていないと判断する一方で、元徴用工は協定に含まれているとする見解をまとめた経緯がある。

文氏も当時の政権幹部としてこの見解作成に関わっている。その文氏が、政府見解を一変させるのは筋が通らない。

韓国では元徴用工や遺族が賠償を求めて日本企業相手に訴訟を起こしている。

韓国最高裁が今回の大統領見解に呼応する形で、支払いを命じる最終判断を下す公算が大きくなった。日本企業が応じなければ、韓国内の資産を差し押さえられる事態にもなりかねない。

何より懸念されるのは、日韓関係の根幹が揺らぐことだ。請求権協定は日韓基本条約とともに戦後の日韓国交の出発点である。最も根本的な国家間の約束を時の政権の判断で空洞化させるようでは、外交関係が成り立たない。

背景には、文政権の誕生によってリベラル勢力が発言力を増している韓国内の事情がある。リベラル勢力は日本に対してより厳しい要求を突き付ける傾向が強い。文氏は自身の支持勢力に歩調を合わせ、徴用工問題で新たな見解を打ち出したのではないか。

文氏は歴史問題を巡り「日本の指導者の勇気ある姿勢が必要だ」と述べた。であるなら文氏も、たとえ自分を支持する勢力の意に背いてでも、外交の根幹を曲げず、国家間の信義則を守って日韓関係を発展させる「指導者の勇気」を持つべきである。

=2017/08/26付 西日本新聞朝刊=

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/353666/