29日早朝、北朝鮮が平壌近郊の順安(スナン)空港(=平壌国際空港)から「火星(ファソン)12」とされる弾道ミサイルを発射した。ミサイルは北海道上空を通過した後、北海道襟裳岬の東方約1180キロの太平洋上に落下。事前通告はなかった。

北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過した事例は、今回で5度目、2016年2月以来となる。日本のマスメディアは、北朝鮮の挑発行為を強く批判している。しかし、今回の問題の本質は、そこではない。

米国と北朝鮮の事情に詳しい外交官筋から、こんな話を聞いた。韓国の文在寅大統領は、トランプ大統領との会談以降、何度も「我々は何としてでも、北朝鮮のミサイル発射や核実験をやめさせる。その代わり、米韓合同軍事演習を中止させてほしい。我々は、米国と北朝鮮の対話に向けて仲立ちをしたいと考えている」と懸命に訴えたという。

ところが、米国政府はそれを拒否し、米韓合同軍事演習を継続した。北朝鮮も、それに反発してミサイルの発射実験を繰り返した。米朝間は一層緊張感を増し、衝突の危険性が高まっていった。

なぜ、米国はこれほどまでに強硬な態度を取っているのか。

5カ国を騙した北朝鮮

2003年、日本、米国、中国、ロシア、韓国、そして北朝鮮の外交当局の局長級担当者が一堂に会する6カ国協議が開かれた。これは、北朝鮮に核開発を放棄させることを前提に、緊迫していた米朝関係を緩和するために開催されたものだった。第6回(2007年3月)までいずれも中国・北京で会合が行なわれた。

日本を含め、各国の関係者は、6カ国協議実現のために相当に努力した。ところが、北朝鮮は5カ国を完全に裏切って、2006年に第1回目の核実験に踏み切ったのである。これによって6カ国協議は2008年12月の代表会合を最後に中断された。

さらに北朝鮮は、2009年にも第2回目の核実験を試みた。言ってみれば、日本をはじめとする5カ国は、北朝鮮に騙されたわけだ。

中でも特に腹を立てたのは米国だ。その時点で、米国は北朝鮮を一切信用しなくなったのである。

米国が文在寅大統領の訴えに頑なに応じなかったのは、こういった経緯があるからだ。ちなみに、ここでいう「米国」とは、「トランプ大統領」ではない。米国政府全体としての意思だ。だからこそ、問題はより深刻なのである。

2014、15、16年に行われた米韓合同軍事演習の際にも、北朝鮮はミサイルを打ち上げている。米国の「対話を拒否する」という姿勢に反発しているからだ。

北朝鮮としては、ワシントンまで届くICBM(大陸間弾道ミサイル)を完成させれば、いくら強硬的な米国も対話に応じてくれるだろうと考えている。

ところが、実際は逆だ。本当に完成段階に入れば、その時点で米国は何らかの手を打つ。もちろん、それは対話ではない。武力行使という選択肢もあるだろう。

確かに北朝鮮の行動は子どもっぽいものだが、このまま挑発合戦がエスカレートすれば、米朝衝突という最悪の事態を招きかねない。そういった意味で、北朝鮮だけを批判するのはいかがなものかと思う。

金正恩から折れることはない

北朝鮮側から、米国に対話の姿勢を示すことはあり得ない。僕は過去二度、金正日政権の時代に北朝鮮を訪れたことがある。当時と比較すると、息子の金正恩は今ひとつ自信がないように見える。

金正日は北朝鮮を完全に統括できていたので、硬軟両方の対応ができた。6カ国協議が実現できたのも、金正日に柔軟性があったからだろう。一方、金正恩は統括しきれてはいないので、側近を300人以上も粛清している。金正恩は強硬的な手段をとることはできても、柔軟性のある対応はできないのだ。

もし、金正恩が他国と柔軟に対応しようとすれば、軍の反乱が起きる恐れがある。軍はミサイル発射に積極的だ。金正恩も、もはや「やめよう」とは言えないだろう。

あくまでも鍵を握るのは米国

しかし、米国が対話しようという話を持ちかければ、北朝鮮は受け入れると思う。だからこそ、米国の姿勢が重要なのだ。このままでは、北朝鮮はミサイル発射の頻度を増し、核実験も継続する。すると、さらに世界中の非難が北朝鮮に集中していく。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/083100035/

(続く)