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しかし、特に文在寅(ムンジェイン)政権になって、日韓合意は「元慰安婦や国民の多数が反対している」側面が強調されるようになっている。

合意の内容を知っている人であっても、締結した朴槿恵(パククネ)前政権が国民によって弾劾(だんがい)、罷免(ひめん)されたことから「清算すべき遺物だ」と見なしたり、元慰安婦への直接謝罪がなかった点を問題視したり、手厳しい評価がふつうだ。中学生らの感想や説明書きの内容は、いまの韓国社会ではごく平均的なものだ。

話を元に戻そう。

「151番」バスは市中心部に近づくにつれて乗客が増え、座れない乗客も出てきた。少女像があるために乗客が座れる席が1人分減った形だが、不満を言う乗客はいない。乗客らは格別少女像に関心を示すそぶりを見せていない。一方、ちらっと視線を送る乗客もおり、無視しているわけでもなさそうだ。

バスが日本大使館近くの安国駅を通りかかると、急に車内放送で韓国の民謡「アリラン」が流れた。昨年公開された慰安婦問題をテーマにした韓国映画「鬼郷」の一場面の音声という。乗客は押し黙り、重い時間が流れた気がした。ただし、乗客の半数はイヤホンで音楽を聴いているため、聞こえていないはずだ。

「朝から気持ちが重くなりましたが、多くの人に慰安婦問題を知ってもらう方法の一つだと思います。早く問題が解決することを願っています」

IT関係に勤務しているという30代の文盛基(ムンソンギ)さんは取材にこう話し、バスを降りていった。

この日、私が話を聞いた乗客の中には、バスの座席に少女像が設置されたことに不満を漏らす人はいなかった。ただ、韓国社会では、慰安婦問題に取り組むことを「善」とする風潮が強いため、反対意見を表で口にできない空気があるのも事実だ。

このニュースを知った私の知人の40代の韓国人主婦が「妊婦にとって入り口に近い座席は命綱のような存在。いくら趣旨が正しくても、そこに少女像を座らせるなんて理解できない」と語っていたことは、あえて記しておきたい。

     ◇

このニュースが報じられると、日本では「また反日行為か」と反発が起きた。取り組みを考えた人は何を思うのか。

バスを運営する東亜運輸の林真U(イムジヌク)社長(50)が取材で強調したのは「日本への憎悪をかきたてることは本意ではない」ということと、「民間の試みを政府が外交問題として取り上げるのは、おかしい」ということだった。

社長によると、慰安婦問題に関心を持ったきっかけは、大学時代に「マッコリを酌み交わすほど親しかった」友人が、ソウルの日本大使館前に設置された少女像を制作した彫刻家だったこと。

最近、その友人と二十数年ぶりに再会し、折しも慰安婦問題をめぐる日韓合意の見直しを示唆する文政権が誕生したことから、市民への啓発として、2人でアイデアを温めたのだという。

社長はこれまで、妊婦専用席をソウル市の路線バスで先駆けて作るなど、アイデアマンとして知られる。社長はバスを「人々に情報を伝える機能を持った、メディアの一つ」と考えており、社会貢献の一つとしての取り組みなのだという。

一方で「もし朴槿恵(パククネ)政権が続いていれば、こんなことはしなかっただろう」とも話した。

菅官房長官の記者会見での批判には「当惑した」とし、「韓日の間で胸の痛む歴史があった。それが(被害者が納得する形で)解決すれば両国関係はもっと発展するというのが私の伝えたいメッセージだった」と語った。その上で、こう言った。

「過去のつらい出来事を知らせてはいけないというのはおかしい。日本は米国にハワイの真珠湾に沈んでいる軍艦(アリゾナ)の撤去を要求したことがあるのか」

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私自身が驚いたのは社長が「個人的には日本はとても好きで、何度も旅行し、技術力を尊敬している」と語ったことだ。「日本で反日主義者と見られていることに困惑している」とも語った。

そういえば、バスの車内で取材した中学1年生の女子生徒も、日本が韓国側に少女像の「適切な対応」を求めたことをとらえて「問題解決に努力すべき人たちが、何もするなと言うなんておかしい」と厳しく批判していたが、「日本のアニメが好きで、日本は好印象」と話していた。日本を見つめるまなざしは、二重的だ。

このギャップをどう見れば良いのか。

(続く)