「R帝国」という小説を書いた。資本主義で、民主主義であるのに、独裁政権になってしまった国の物語。今の日本と世界を意識している。

ヒトラーの「人々は、小さな嘘(うそ)より大きな嘘に騙(だま)されやすい」という言葉の引用を最初に置き、小説は「朝、目が覚めると戦争が始まっていた。」という一行から始まる。もし今の日本がこのまま進めばこうなってしまう、ということを意識した。

戦争、テロ、差別、フェイク・ニュースなどの現在の問題を踏まえ、なぜこうなってしまったのかも、物語に乗せて分析することになった。

国による「一体感」は気持ちがいいかもしれない。強い政府の側に自分を投影し、自分まで強くなった錯覚を感じるのも気持ちいいかもしれない。でもそれは社会的動物である人間が陥る一つのわなだ。

この「一体感」に溺れると、集団から外れた者を攻撃する「気持ちよさ」や、他国を攻撃する「熱狂」にも陥りやすい。第二次大戦の日本、ナチス・ドイツなど、右傾化が過度に進むと集団が暴走するのは歴史が教えてくれる。

その歴史すら改ざんし、日本を特別に賛美する動きもある。そのうち「戦国時代の内乱もなかった。

日本人はそんなことしない」などと言い出すのだろうか。現在の日本と世界の流れに対する不安と危機感から、物語を構築することになった。僕の政治思想やその考え方の全てが入っている。

つい先日の北朝鮮のミサイルにも頭を抱えた。ミサイルもだが、日本の対応も不安だった。日本は戦争をしない国だからなめられる、みたいに言う人にも驚いた。間違っている。

なぜなら、戦争可能で、北朝鮮より戦力的に上で、兵役まである韓国に対しても、北朝鮮は挑発を繰り返しているから。韓国の国土が攻撃され、死傷者が出たことすらある。

先に北朝鮮のミサイル基地を攻撃できるようにする、みたいな議論もあるが、短期間で北朝鮮の攻撃を無効化するのは不可能と、多くの軍事専門家が指摘している。冷静になった方がよい。

ミサイルの発射台は山の中のトンネルを使った移動式で、衛星は地球の周囲を回っているため、発射台の位置を常に瞬時に完全に把握することは難しい。潜水艦からもミサイルが撃てる。

攻撃すればやり返され、最も牧歌的な結果だったとしても、日本と北朝鮮は互いの人口の何%かを失い、ロシアと中国とアメリカの仲裁により休戦協定を結ぶだけだ。そもそも日本は狭い国土に原発が乱立する脆弱(ぜいじゃく)な国である。

首相は「発射した直後からミサイルの動きを完全に把握していた」と述べたが、日本に着弾する恐れがないとわかっていたのに、なぜかJアラートを大規模に鳴らしている。

「これまでにない深刻で重大な脅威」と言っているが、ミサイルが日本の上空を予告なしで通過したことは前にもあった。

以前から続く深刻で重大な脅威というふうに、なぜ「正確に」国民に伝えないのだろう? 国民を冷静にさせる役割であるはずの首相が、逆に危機をあおっているように見えてしまう。

一体何をしているのだろう。内政が行き詰まると外交に国民の目を向けさせるのはあらゆる国が行う常とう手段だが、そうではないことを願う。

作家になって15年がたつが、今が一番危険な状態だと僕は思う。マスコミが政権を批判し、厳しい目を向けるのは当然なのに、逆にマスコミが批判される状況。だが「R帝国」で書いた言葉だけど、「萎縮は伝播(でんぱ)する」。

誰かが萎縮すると、それは社会に広がり、他の人の勇気までくじいてしまう。だからこの欄もそうだが、「R帝国」も萎縮はゼロである。作家の役割の一つだろうとも思っている。日本の将来は、恐らくここ数年にかかっているので。

■人物略歴
なかむら・ふみのり
1977年愛知県東海市生まれ。福島大学卒業後、フリーターに。2005年「土の中の子供」で芥川賞、10年「掏摸<スリ>」で大江健三郎賞。
ノワール(ハードボイルド風犯罪)小説に貢献したとして、米国デイビッド・グーディス賞を日本人で初めて受賞した。16年9月「私の消滅」でドゥマゴ文学賞受賞。8月「R帝国」(中央公論新社)を刊行、好評発売中。

https://mainichi.jp/articles/20170902/ddl/k23/070/150000c