中国政府は、中国の伝統医術を普及させるべく、法律まで作って後押ししている。「伝統文化の擁護者」とのイメージを習近平国家主席に持たせる狙いだ。毛沢東も同様の策を講じた。政治的な思惑の裏で、環境や絶滅危惧種への悪影響が懸念される。

「かつて十分な科学的根拠に欠けるとして疑問視されていた中国の伝統的な医術が、まさに世界を席巻しようとしている」。中国国営通信の新華社は2016年、ある記事の中でこう論じた。

むろん、これは戯れの誇張だ。たとえ中国共産党であっても、効果の定かでない古来の療法で近代医学に取って代わろうなどと計画しているわけではない。

だが同党はこうした治療法(一般にTCMとして知られる)を世界中に広めようと本腰を入れている。国内においても、TCMを施術する病院や診療所のネットワークを広げていく意向だ。

中国では近年、TCMが急速に成長している。これを施術する中国の病院は03年には約2500だったが、15年末には4000余りに増加した。中国国内で免許を持つTCMの施術師の数は、この6年の間に50%近く増加して45万人を超えた。

中国政府は「孔子学院」のネットワークを通じて、米国や英国など様々な国におけるTCM教育に助成金を出している。中国政府の意向を伝える英字紙「チャイナ・デイリー」は同紙のウェブサイト上で「世界はTCM時代に入りつつあるか」と問いかける記事を掲載した。答えがイエスなら中国政府は大喜びだろう。

だが、人類や、TCMに材料を提供している自然界にとっては、必ずしもそうではなさそうだ。

毛沢東が支持獲得に利用

中国においてもTCMは、いつも今のようにもてはやされてきたわけではない。中国の最後の王朝である清朝が1911年に滅んで以降、中国の新たな指導者たちはTCMを迷信に基づく行為としてはねつけてきた。

TCMは煎じ詰めると、はり治療や、各種薬草や動物の様々な器官から取った成分を混ぜ合わせた調合薬による治療を少々超えたものにすぎない。

そこに神秘的な色合いが加わることもしばしばある。気と呼ばれる力が人体の健康に影響を与え得るとの考えだ。

中華人民共和国の設立時に最高指導者となった毛沢東はTCMを信頼していると公言する愛好者だった。農民の間でTCMの人気が高いことを知っていたからだ。農民こそが、毛沢東が取り組むゲリラ活動を支える原動力だった。

TCMは料金が安いことも利点の一つに挙げられる(毛沢東は裏では、お付きの医師の一人にこう打ち明けていた。「TCMの普及を促す必要があることを理解しているが、私個人としては効果を信じてはいない」)。

現在の中国を率いるリーダー、習近平国家主席は、毛沢東以上に強くTCMを支援している。習政権は2016年に「白書」を発表。その中で、TCMを推進していく計画を提示するとともに、「(TCMは)人類の文明化の進展に好影響を与える」と主張した。同白書は、TCM産業は中国経済の「新たな成長エンジン」になるとも記している。

TCM部門の設置を義務化

今年7月、すべての一般病院にTCM部門を開設するよう地方政府に義務づける法律が施行された。同法はまた、TCMと、中国が「西洋医学」と呼ぶものを同列に扱うよう求めている。

習氏の努力はある程度の恩恵をもたらす可能性がある。TCMが健康な食と生活の実現に一役買うなら、称賛されるべきだ。通常の医療にも造詣の深いTCMの施術師は、著しく立ち遅れている中国のプライマリーケア制度の穴を埋められるかもしれない。

とはいえ危険もある。より多くの資源をTCMに配することで、科学に基づく医療に向けるお金が減ることになる可能性がある。これはTCM振興がもたらす落とし穴だ。TCMによる治療の大半はプラセボ効果がある程度で、悪くすると疾病治癒という本来の役割を果たせない。危険を伴うことすらあり得る。

中国の薬理学者、屠??(ト・ユウユウ)氏が15年に、中国国内で取り組まれた研究成果を対象とするノーベル賞を初めて受賞した。同氏は、TCMにおいてマラリアに効果があるとされる物質から、有効な化学物質を抽出するのに成功した。

中国政府はこのことがTCM全体の有効性を実証していると主張する。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/world/090600429/

>>2以降に続く)