8月29日の早朝、北海道・東北から関東地方にかけての12道県に住む少なからぬ数の日本人が、手持ちのスマートフォンか、でなければ地域に設置された防災行政無線から鳴り響いたJアラート(全国瞬時警報システム)の警報音で眠りを覚まされた。

報道によれば、この日のJアラートは、北朝鮮によるミサイル発射の4分後に配信されている。ミサイルは、発射から8分後の午前6時6分ごろに北海道襟裳岬上空を通過しているので、件の警報音は、ミサイルが頭上を通過する4分前にその旨を知らせたことになる。なんというのか、形の上では「警報」の役割を果たしたわけだ。

が、早朝にいきなり鳴った警報音は、当然のことながら、人々の心をおおいにかき乱すことになった。

代表的なところでは、元ライブドア社長で実業家の堀江貴文氏が、ツイッター上で「マジでこんなんで起こすなクソ。こんなんで一々出すシステムを入れるクソ政府」と、強い口調で政府を非難している。

このほか、「4分でどんな避難準備ができるというんだ?」「そもそもミサイル攻撃って、避難して助かるものなのか?」といったJアラートの運用そのものを疑問視する声が、SNSをはじめとするネット上に大量に書き込まれた。

他方、「悪いのは北朝鮮なのにどうして政府を批判するのか」「数分でも、できることはある」「爆心地以外では、物陰に隠れるだけでも爆風の被害はずいぶん違う」といった擁護の声も多数寄せられ、夏休み最終週のSNSは朝っぱらから熱い議論の場になった。

ゆっくり眠っているところを、予定外のアラーム音で起こされた人々が腹を立てた気持ちはわかる。午前6時前後の睡眠といえば、ほんの5分間であってもかけがえのない貴重な時間だ。

その黄金のような睡眠時間を、はるか500km上空の宇宙空間を行く、結果として無害だった飛翔体の通過を知らせるために削られた身になってみれば、警報音を呪いたくなるのも当然だ。

とはいえ、だからといって、Jアラートそのものがまったく無意味だったのかというと、そうは言えまい。

警報は、もともとある程度の空振りを見込んだ上で運用されるものなのであって、その意味では、警報で眠りを破られながら、何も起こらなかった今回のなりゆきは、腹を立てるべき事態ではない。むしろほっと胸をなでおろして、我が身の安全を祝福してしかるべきところだ。

さて、安倍晋三首相は、この日の午前、記者会見を開いて、「今回の北朝鮮のミサイル発射は、これまでにない重大で深刻な脅威」と述べている。

北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過したのは、今回がはじめてではない。「人工衛星」を含めれば5回目になる。にもかかわらず、安倍さんは、今回のミサイルを「これまでにない重大で深刻な脅威」と評価している。

してみると、今回のJアラートの大々的な運用は、文字通りの「アラート」すなわち「注意喚起」を狙ったものだったのかもしれない。つまり、国民の安全を確保することよりも、国民の「平和ボケ」を打ち破り、国防意識を目覚めさせたかったということだ。

ただ、強制的に目覚めさせられた人間は、必ず腹を立てる。で、平和ボケから覚めた人間の一部は、著しく好戦的になる。そこが問題だと思う。

(コラムニスト)

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