僕は7月に首相官邸を訪問し、安倍首相と1時間20分に渡って会談した。その場で、「政治生命を賭けた冒険をしないか」と、ある戦略を提案した。口外しないと約束し、僕はこれまで沈黙を守ってきたが、今回はその全てをお伝えしようと思う。

核実験を強行した北朝鮮に対し、国連の安全保障理事会は9月11日、新たな制裁決議を全会一致で採択した。当初は、米中露の思惑が異なることから可決は難しいのではないかと懸念されていたが、結局、米国が妥協に次ぐ妥協を重ねたことで成立に至った。

米国は、恥をかくのを恐れたのだろう。もし、ここで中国とロシアが反対して制裁決議案が成立しなかったら、米国の敗北だ。トランプ大統領のメンツが丸潰れになる。

最大の焦点は、北朝鮮への原油・石油製品の全面禁輸が盛り込まれるかどうかだった。原油の多くを供給しているのは中国だ。米国は当初、それを全て禁止するという厳しい決議案を出していた。

最終的に可決されたのは、その原案よりも緩い内容だった。原油と石油製品の輸出は、過去1年間の実績を上限に設定された。つまり、現状維持である。

北朝鮮労働者の国外での雇用についても、新規に限り禁止になった。既存の労働者は容認されるということであり、こちらも現状維持だ。結局、総じて現状維持の内容だったから、中国とロシアも賛成した。

問題は、米国と中国、ロシアの北朝鮮に対する思惑が根本的に違うことにある。この思惑の違いを一致させるには、どうすればいいのか。

米国が北朝鮮に求めているのは、核兵器開発の全面放棄だ。一方、中国とロシアは、せいぜい現状凍結だろう。第一、北朝鮮の核兵器の技術は、ロシアから相当流れていると言われている。

2002年に小泉純一郎首相が訪朝し、それをきっかけに2003年から米国、中国、ロシア、韓国、日本、そして北朝鮮の6カ国協議が開かれるようになった。これは、北朝鮮が核開発しないことを前提としていた。

ところが北朝鮮は、その裏で核開発を継続していた。

ロシアは当時、北朝鮮の核開発に協力していたとみられる。中国はその事実を知りながら、黙認していたのだろう。その結果、2006年に北朝鮮は核実験を実施する。「核開発をしない」という前提の6カ国協議を継続しながら、秘密裏に核開発を進めていたことが裏付けられた。

2009年には、2度目の核実験を行った。要するに、北朝鮮は5カ国を騙した形になるが、ロシアはむしろ核開発の協力をし、中国はそれを認めていたのだから、結局のところ騙されたのは米国と韓国、日本だったわけだ。特に米国は大変腹を立て、北朝鮮に対する強い不信感を抱いた。

「政治生命を賭けた冒険」の中身

僕が安倍首相に提案したのは、外交についてである。

北朝鮮と米国の緊張が、非常に高まっている。最悪の事態を回避するために、日本政府がやるべきことは何か、という話だ。当時、僕が話した内容が一体何なのか話題になった。実は「政治生命を賭けた冒険」とは次のようなことだ。

まず、安倍首相は米国に行ってトランプ大統領と会い、一体どういう条件ならば北朝鮮と話し合いをするつもりなのか、とことん聞き出す。これは最終結論じゃなくていい。北朝鮮と話し合いをする条件が何なのかを聞き出すのだ。

ここを把握した上で中国に行き、習近平国家主席に会って「米国はこの条件なら北朝鮮と話し合いをすると言っているが、どうだろうか」と話を持ちかける。おそらく、中国は了承するだろう。

次に、ロシアのプーチン大統領に会い、このことを話す。プーチン大統領も、米国が了承するなら承諾するだろう。

韓国の文在寅大統領にも会って話をする。こうして各国の意向が一致した時点で安倍首相は北朝鮮を訪れ、金正恩と会い、「米国をはじめとする5カ国はこの条件であれば話し合いのテーブルに着くと言っているが、どうだろうか」と話を持ちかける。

安倍首相はこの提案を実現に移そうとした

金正恩の頭の中には、米国との対話しかない。だから、米国が「この条件であれば対話する」と言うのであれば、おそらく北朝鮮は承諾するだろうと思う。僕はあの日、安倍首相にこのような話をした。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/091400037/
(続く)