9月中旬、タレントの水原希子さん(以下敬称略)がCMに出演しているサントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」の公式ツイッターアカウントに、大量の民族差別的なツイートが寄せられ、炎上した。

発端は、彼女がインスタグラム上の画像(友人がアップしたもの)にうっかり「いいね」をつけたことからはじまる。この画像が、中国の現代美術家アイ・ウェイウェイが天安門に向けて中指を立てている画像だったために、当地でも人気の高い水原希子に批判が集中したカタチだ。

彼女は1時間後に「いいね」を削除したが、批判はやまず、中国のツイッターにあたる微博には、彼女が靖国神社を参拝する写真(←フェイク)がアップされるなど、さらに反発が集中した。

水原希子は、当該の写真への「いいね」がミスであったことを謝罪した上で、自分の民族的なルーツ(米国人の父と日本生まれの韓国人女性との間に米国で生まれた)を明かし、あわせて靖国参拝の写真に写っている人物が自分ではないことを説明する動画を公開した。

動画の意図は、彼女を嫌中的・国粋的な日本人であると見なす中国国内での誤解を是正するところにあったと思うのだが、今度はこの説明動画が日本国内の国粋的な日本人の反発を招くことになる。

というのも、彼らの目には、水原希子が、中国人の反発をかわすために日本人でないことを強調し、さらに、靖国参拝写真が自分でないことを明言することで、靖国に反発する反日的な中国人に同調しているように見えたからだ。

以上の経緯を踏まえて、サントリーの公式アカウントに、「エセ日本人」「日本人じゃないのなら、日本人風の芸名で活動するな」「こんな反日分子を起用するサントリーの製品は買わない」などといった「愛国的な」コメントが殺到したわけだ。

もっとも、これらの水原希子への批判ツイートを「民族差別」と断定すべきなのかどうかについては異論がある。

批判を寄せている当人たちは、「水原希子の反日的な姿勢が反発を招いたにすぎない」「同じサントリーのCMに起用されている在日韓国人タレントが特に攻撃されていない点から見ても、今回の炎上がレイシズムに基づく攻撃ではなく、水原希子の個人的な言動への批判だ」という感じの反論を展開していた。

たしかに、朝鮮半島にルーツを持つタレントでも普通に愛されている芸能人はたくさんいる。

が、差別は、ある属性を持った人間が必ず攻撃されるというほど機械的なものではない。実際には特定の属性の人間が何らかの引き金を引いた時に発動するという、微妙なプロセスを含んでいることが多い。

ともあれ、彼女への批判の多くに、民族差別的な単語や「祖国へ帰れ」といった出自攻撃が含まれている点から見ても、差別であることは明らかだ。

特定の国籍なり民族性なり社会的属性を持ったマイノリティーに対しては「控えめにふるまっている限りは攻撃しない」という基準が適用されることが多い。

「おとなしくしていれば何もされないのだから差別じゃないだろ?」

と、思う人がいるかもしれない。だが「おとなしくしていろ」という要求こそが、最も典型的な差別だということを、私たちは思い知るべきだと思う。

小田嶋隆の「pie in the sky」〜 絵に描いた餅べーション それは悪役の台詞だよね
日経ビジネス2017年10月2日号 92ページより

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/NBD/15/257045/092500118/