日本ではあまり注目されないが、東南アジアの優等生・マレーシアは世論調査で国民の75%が日本を「好き」と答えるなど、知られざる親日国だ。同国は2016年の日本の輸入相手国の10位に位置し、定年後の海外リタイア組や企業駐在員など2万2000人以上の邦人が暮らしている。

1人あたりGDPが約1万ドルに達する豊かで清潔な社会と、カオスなアジア的な混沌が適度に混じり合った独特の雰囲気が魅力の国だ。

マレーシアは多民族社会で、約3000万人の人口のうち50%がマレー系、23%が中国(華僑)系、12%がオラン・アサル(先住民)系、7%がインド系である。華僑や印僑が多いのは、インド洋と太平洋をつなぐ交易拠点として、前近代から中国南部(福建省・広東省)やインド南部出身の交易民の土着が進んできたためだ。

特に華僑は600万人以上もおり、人口規模だけで言えば、中国本土と台湾に次ぐ「第三の中国」と呼んでいいほどの巨大な中国人社会が形成されている。

マレーシアに残る中国の伝統的秘密結社

もっとも「第三の中国」とはいえ、マレー華僑の多くは中華人民共和国の成立前に渡来した人たちの末裔なので、中国本土の人たちとは様々な面で違いがある。

たとえば彼らは、中国本土では社会主義化や文化大革命によって失われた中国人の古い習慣や宗教を数多く残しており、文化人類学的に見て非常に興味深い社会を形成している――。しかしながら、実は前近代以来のよからぬ文化もちょっと継承している模様である。

その代表例が「会党」、すなわち中国人の伝統的な秘密結社だ。日本人がイメージしやすい例を挙げれば、1930年代の上海が舞台の漫画『蒼天の拳』(原哲夫)に出てくるマフィアの紅幇(ホンバン)・青幇(チンバン)や、往年の『ゴルゴ13』に登場する華僑マフィア組織などがこれに相当する。

伝統的な秘密結社は、中国本土では1950年代に「反動会道門」と呼ばれていったん徹底的に根絶されたが、マレーシアをはじめとする南洋華僑の世界では21世紀の現在になってもバリバリの現役で活動している。

中国人の秘密結社はもともと、伝統的にセーフティーネットが弱い社会において、親族や地縁のコネが希薄な人の生活を担保するための相互扶助の組織としての側面を持っていた。特に華僑が相対的にはマイノリティであるマレー半島では、ビジネスにおいて仲間の協力を得られるなど、加入することのメリットもそれなりにあるとも思われる。

とはいえ、現代の秘密結社は事実上はマフィア(黒幇)に限りなく近い。ニュースを見る限りでは、麻薬や銃の密売、団体同士の抗争など、ろくでもないことを相当やっているようだ。

本来、マレー半島一体の各秘密結社は「仁義堂」「洪金龍」「五色旗」・・・といった漢字の本名を持つが、真の名前を隠す目的なのか「08党」「24党」「360党」「550党」など、よく分からない数字で自分たちの組織名を呼んでいることが多い。

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今年2月、マレーシア警察に逮捕された華僑の秘密結社「24党」のメンバーの腕。どう見てもカタギではない。現地報道より

今回の記事では、現地の華字紙の報道から、いまなお元気に活動を続けるマレー華僑たちの秘密結社事情と、意外と笑える末端の構成員たちの動きをレポートしてみることにしたい。

気の弱い男子中学生、秘密結社の構成員に続々と襲われる

「てめえ! 俺たちの仲間に入らないとどうなるか分かってるんだろうなあ?」

今年7月16日の昼下がりである。マレーシア南部のジョホールバル市インピアン・エマス地区で、地元華僑の少年・阿倫くん(仮名16歳、中学3年生)が校門でバスを待っていると、突然5人の不良少年に絡まれた。1人は面識があったが、残る4人は見ない顔で、いずれも華僑系である。不良たちは阿倫くんを路地裏に連れ込み凄んでみせた。

「なんで『550党』に入らねえんだよ? ずっと誘ってやってるだろ?」

「僕は悪いことや法律に違反することをしたくないんです」

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51236

>>2以降に続く)