安倍晋三首相は、北朝鮮問題への対応について「すべての選択肢がテーブルの上にあるという米国の姿勢を一貫して支持する」と繰り返す。「すべての選択肢」には軍事力行使が入る。ただ合理的に考えれば米国、北朝鮮とも先制攻撃には踏み切れない。北朝鮮の反撃で日韓が被る被害の大きさは米国の行動を縛るし、北朝鮮にとっても全面衝突は体制崩壊に直結しかねないからだ。

とはいえ、全面的な石油禁輸という制裁に直面した戦前の日本が無謀な対米開戦に踏み切ったり、欧州各国の誤算によって第1次世界大戦に発展したり、という例もある。日本の取るべき姿勢を考える一助とするために、これまで主に米国で行われてきた武力行使に関するシミュレーション結果などをまとめてみた。

なお、シミュレーションでは大きく取り上げられていないものの、実際には韓国に在留する外国人の数も考慮すべき点となる。経済成長とグローバル化の進展に伴って、冷戦終結後に急増してきたからだ。第1次核危機で戦争になることが懸念された1994年には9万6000人しかいなかった定住外国人が、昨年には116万人になった。

武力衝突の影響を受けると予想される首都圏在住者が半数を超える。韓国統計庁によると、昨年の国別内訳は日本5万人、米国14万人、中国102万人(うち中国籍の朝鮮族63万人)である。

東京とソウルで死者210万人は「頭の体操」

米ジョンズ・ホプキンス大の北朝鮮分析サイト「38ノース」が10月4日に公表した予測は衝撃的だった。北朝鮮が核ミサイルで反撃したら「東京とソウルで計210万人が死亡」というものだ。

これは、(1)北朝鮮の保有する核兵器は25キロトン級の25発、(2)米軍の攻撃を受けた北朝鮮が25発すべてを東京とソウルに向けて発射、(3)発射されたミサイルのうち80%がMDによる破壊(迎撃)を免れて標的の都市上空で爆発??という3段階の仮定を重ねたものだ。

核兵器については15kt〜250ktの7通り、MDによる迎撃に失敗して爆発に至る確率は20%、50%、80%の3通りとして、計21パターンを試算している。その中から代表的なものとして紹介されたのが、上記の「210万人死亡」だ。とはいえ、もっとも被害が少ない想定である「15キロトン、迎撃失敗の確率20%」という試算でも死者数はソウル22万人、東京20万人である。

日韓両国を狙うミサイルには既に、核弾頭を搭載できる可能性が高い。「頭の体操」とはいえ、現実味がないと切り捨てるのは難しいだろう。

先制攻撃を真剣に準備した米軍

米軍による北朝鮮攻撃が議論されるのは今回が2回目だ。前回は第1次核危機と呼ばれた1994年春だった。この時は、板門店での南北協議で北朝鮮代表が「戦争になればソウルは火の海になる」と発言して大騒ぎになった。

米軍による同年5月の試算では、朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日間で米軍兵士の死傷者が5万2000人、韓国軍の死傷者が49万人とされた。クリントン米大統領はこの報告を聞いて、武力行使ではなく外交努力を続けることを指示したが、その後も状況は好転しなかったため6月には再び武力行使の可能性が高まった。

結局、個人の資格で訪朝したカーター元大統領が金日成主席(故人)から譲歩を引き出したことで武力行使は回避された。国防総省の6月の見積もりでは、韓国における民間人の死者は米国人8?10万人を含む100万人だった。

韓国の金泳三大統領(故人)は、クリントン大統領との電話で武力行使に反対したと回顧録に記している。

金泳三氏は「60万人の韓国軍は一人たりとも動かさない。朝鮮半島を戦場にすることは絶対にだめだ。戦争になったら、南北で無数の軍人と民間人が死に、経済は完全に破綻して外資もみんな逃げてしまう。あなたたちにとっては飛行機で空爆すれば終わりかもしれないが、北朝鮮は即座に軍事境界線から韓国の主要都市を一斉に砲撃してくるだろう」と訴えたという。

もっとも当時は「核危機」とはいっても核開発を疑われるというレベルの話であり、ミサイルにしても日本を射程内に収める中距離弾道ミサイル「ノドン」の開発を急いでいるという段階だった。

ソウルは「火の海」になるか

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10855

>>2以降に続く)