<経済制裁に舵を切り核接収にも言及した中国。地政学上の大転換の兆しに敗戦国日本はなすすべもない>

日本では能天気な総選挙をやっているが、周囲ではパラダイムシフトが進行中だ。

アメリカの北朝鮮制裁に、ロシアと組んで抵抗してきた中国が、石炭輸入の停止、原子力工学分野での北朝鮮留学生受け入れ停止など、本気を見せだした。中国は北朝鮮の核への対処を、単なる対米協調を超えた自分自身の安全に関わる問題と捉え始めたのだろうか。これをきっかけに東アジアは、「G2」と呼ばれる米中共同支配の方向に向かうのだろうか。

9月中旬、北京大学の賈慶国(チア・チンクオ)国際関係学部長は外国誌への寄稿で、米韓による武力介入に向けて擦り合わせを開始する用意があると主張し、その際に接収する北朝鮮核兵器の管理は中国が行ってもいいと述べた。賈は9月24日付の朝日新聞でも、北朝鮮の核がテロリストの手に渡るなどして中国の安全を直接脅かす可能性に言及している。

10月2日には、米海軍原子力空母ロナルド・レーガンが朝鮮半島沖での米韓共同訓練を行う途上、香港に寄港した。米空母の香港寄港は初めてのことではないが、昨年は南シナ海情勢緊張の中、寄港を許されなかったことに照らして見れば、北朝鮮に対して米中接近を見せつけようとしたのだろう。

何もできない日本

79年2月、中国のケ小平は「同盟国カンボジアに武力侵攻したベトナムを懲罰する」と宣言して中越戦争を始めた。中国軍は撃退されたが、この軍事行動を通してケは人民解放軍への抑えを盤石なものとした。

そして今、アメリカは巡航ミサイルと爆撃で北朝鮮中枢と核関連施設、そしてソウルを狙う砲撃陣地を破壊。中国は陸軍で国境を固める一方、特殊部隊を送って北朝鮮の核兵器を接収し、金政権交代を後見する――こんなシナリオがうまくいけば、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席も軍掌握を確かなものにできよう。

それに、台湾や南シナ海の制圧に乗り出して外交上孤立するより、北朝鮮を「懲罰」して対米協調を演出すれば、「アジアは中国に任せる。ただしアメリカとはきちんと付き合うこと」というお墨付きをトランプ米大統領から引き出せるかもしれない。そうなっても、米軍は太平洋戦争の成果である在日基地を捨てないし、日米同盟は続くだろう。だがアジアでの日本の地位や発言力は大きく落ちる。

だが、米中は本当に武力行使に踏み切るだろうか。やるのなら、指導者を交代させ、核施設を破壊・制圧しなければ意味はない。しかも、砲撃・ロケット弾陣地を短時間で破壊しないと、ソウルが火の海になってしまう。

そして落下傘降下の特殊部隊の投入程度で、地下に潜伏する金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長を捕捉できるのか。北朝鮮の上層部や国民を納得させられる後釜はいるのか。何よりも米中は、北朝鮮の保有する核兵器・核開発能力の全てを捕捉して、報復攻撃や国外への流出を防ぐことはできるのか。

大規模な武力行動の前には、きなくささが漂うものだ。朝鮮半島周辺にはもっと多数の米艦艇が集結し、中国の大軍が北朝鮮との国境地帯に移動するだろう。そのにおいが今はまだ感じられない。ということは、トランプと習は、核開発の是非は話し合いの対象にはしないと言い張る金を押さえ付け、交渉のテーブルに引きずり出すため、圧力を最大限かけているだけなのではなかろうか。

この線で収拾できるなら、日本周辺でパラダイムシフトは起こらない。だがもし、トランプが韓国防衛の負担軽減を狙って、北朝鮮と平和条約を結ぶ決心をすると、東アジアの国際政治の枠組みは一変する。在韓米軍は撤退し、裸になった韓国は北朝鮮との統一を目指すだろう。

そのときは日本の隣にロシア以上のGDPを持つ核保有国が出現し、米中ロ各国を相手にバランス外交を繰り広げることになる。こうした動きの中で何もできず、しないでいる日本。敗戦国の耐えられない軽さ――選挙戦のむなしき喧騒の中でそう感ずる今日この頃だ。

<本誌2017年10月24日号掲載>

河東哲夫
(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』など

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