>>105
たしかに明朝は、くらい。王朝の名前は明るいのに、社会の雰囲気は暗かった。
「一君万民」の美名の下に、皇帝以外はみな奴隷に等しく、国家と人民のあいだのクッション
機能を他国では果たしている中間集団が弱体化された時代だった。
そしてなんでも皇帝が勅裁する体制は、すべての社会矛盾の欲求不満と政治責任が皇帝に
おしよせ、自壊するように明帝国は潰れた。(一君万民論は吉田松陰が本来の中国での意味
とは別の意味で使い出し日本でも有名になったが)

豊臣秀吉の文禄慶長の役(中国では朝鮮援兵)を含む万暦三大征が明帝国をほろぼす契機
となったのは事実。女真族を制圧してきた部隊を朝鮮に差し向け、東北方面の守りが手薄に
なったせい。軍事費もかさんだ。皇帝の浪費散財も酷かった。賄賂抜きには何もしてくれない
金権政治が横行した。公租公課の減免を要求する地方反乱も多くおきた。

しかし、明帝国が潰れた原因は、それだけじゃないでしょう。
明朝が民衆に見放された根本的な原因は、皮肉なことに、明の巨大な貿易黒字の発生だ。
明の時代は、生糸(絹)や陶磁器が外国へ飛ぶように売れた時代だった。そして輸出代金と
して莫大な銀が明の国内に流入した。モノとカネのバランスが崩れ、通貨流通量が増えれば、
インフレになり物価が上昇します。カネがなければ金権政治は起きようがないし、物価高から
酷政けしからんと一揆が起きた。

あの国の不可解なところは、経済成長すると逆にかえって政治が不安定化する伝統がある。
経済成長の蓄積を元手に所得再配分を行ない貧民を救済すればいいのに、それができない。
さらにくわえて、歴代の中国王朝を悩ませてきた朝鮮半島の情勢が緊迫してきた。習近平は
この難局を乗り切れるだろうか? できなければ、中華人民共和国の終わりの始まりになるね。