混ざり合い、あぶり出される現実 中村文則「R帝国」

「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」――書き出しは最初から決めていた。「いつ起きてもおかしくないことだから」。作家、中村文則さんの『R帝国』(中央公論新社)は、日本社会への痛烈な風刺と挑発に満ちたディストピア小説だ。

舞台は近未来の架空の国。しかし、読み進めれば現実と小説が混ざり合う。これはつくりものだから、と笑うことは誰にもできないはずだ。

「我が国はB国に対し宣戦布告し……」とアナウンサーが話している。隣国の核兵器発射の準備を察知し、空爆で阻止するという。激しい揺れ。窓から外を見れば、B国ではない他国の無人戦闘機が、ミサイルを落としていた。

民主主義とは名ばかり、「大R帝国」を動かすのは名前を省略してただ「党」と呼ばれる圧倒的な与党だ。野党の政治家秘書・栗原、地方都市に暮らす青年・矢崎、2人の視点を軸に、この国で起きている真実に迫ってゆく。

「安倍政権と現在の日本への危機感から書き始めた」。インターネットを覆うヘイトスピーチや人種差別問題、フェイクニュース。「右傾化の流れのなか、作家として何ができるだろう」と考えていたという。「世の中はどうしてこうなってしまったのか」。小説という表現方法を使い、自分なりに分析した。

ネットの掲示板に書き込む匿名の国民Aは、移民を蔑視し、生活保護受給者を攻撃し、芸能人の不倫に激高する。Aはこう思う。「事実? そんなものに何の意味がある?」。ネットに渦巻くゆがんだ悪意に向き合い、心に潜り込む。

「ノンフィクションを取り入れて物語を強化した」という、その取り入れ方が痛烈だ。物語の世界で『アウシュヴィッツ』『沖縄戦』は作者不明の「小説」として伝わっている。

米軍の投降の呼びかけに応じず、家族同士で殺し合う『沖縄戦』という話を聞いて、栗原は「非論理的」だと疑問に思う。『9・11』という「小説」にいたっては「なぜアメリカに攻撃する口実をわざわざ与えるようなことを?」「物語の筋がおかしい」と物語の世界の人々は首をかしげる。

「現実がフィクション化していると思う。森友・加計問題を小説にしたら、こんなばかな政府はないと編集者に言われるでしょう」

作家デビューから15年。海外でも評価の高い『掏摸(スリ)』(09年)から小説の書き方が変わった、という。「意識して書くものには限界がある。無意識で書きながら、アイデアが浮かんだり、予期せぬところで伏線がうまくいったりする」。世界で読まれることも視野に入れるようになった。

恋人のように会話を交わす携帯端末や謎の組織からの接触など、SFやミステリーの要素を純文学に注ぎ、エンターテインメント性を高めた。「小説の持つ、ありとあらゆる可能性を投入しました。読みやすいドストエフスキーがあったら最高じゃないですか」

「萎縮は伝播(でんぱ)する」。小説のなかで使った言葉を、自分自身にも強く意識させて書いた。「この小説は萎縮のいの字もない。書きすぎているかもしれません。けれど、息苦しく、ものの言いにくい時代だからこそ、あえてここまで書く必要があった。

作家が表現の自由のために戦わなければ、存在している意味はない」(中村真理子)

http://book.asahi.com/booknews/update/2017102000004.html

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