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国連加盟国は国連安全保障理事会が決義した制裁措置に従う義務があるが、それを大幅に逸脱し、世界中の企業や個人に「2次的制裁」の網をかけ、その認定は米国が行う大統領令に他国が従う義務は本来ないはずだ。

イランに対する制裁でも一部に「2次的制裁」が含まれていたが、対象は限定されていてイランとの「あらゆる物品」の取引や融資をした外国の企業や金融機関の在米資産を凍結するものではなかった。

「先例」となれば弊害大きい 資産凍結を武器に他国を支配

国際法では、条約や協定、憲章などで規定されている範囲は狭く、慣習や先例が相当の重要性を持つ。もし今回の大統領令が世界的に無条件に是認され、将来、他の諸国もその真似をすることになれば弊害はきわめて大きい。

実利にさとい現在の中国が実際にやるとは考えにくいが、仮に将来中国が台湾の併合をはかり、この先例を論拠に「台湾と取引した企業、金融機関の在中国資産を凍結する」と布告すれば、他国は脅しに屈することになりかねない。

また米国がこの先例を活用し、例えば、中南米の1国が米国に逆らう場合、「その国と取引する企業、個人の資産を凍結する」と宣言すれば、他国は在米資産の凍結を恐れ、何の遺恨もない国と経済断交せざるをえないことも起こり得る。米国が世界を独裁的に支配することが可能となるのだ。

米国の貿易赤字は他国が米国製品の輸出を妨げる措置を取っているためだ、として資産凍結をちらつかせ強引に輸入拡大を迫ることは以前にもあった。

米国の資産凍結を警戒する国や企業、個人は在米資産をできるだけ減らし、ウォール街から他の国の金融市場に移せばよいと思えるが、現実にはそれも難しい。

今回の「2次的制裁」では、北朝鮮にとり最大の貿易相手である中国がもっぱらの対象だが、中国は約3兆ドル(米国の輸出総額の2年分)もの外貨準備の大半をウォール街で運用しており、その資産を引き揚げれば米国経済だけでなく世界経済が大混乱になる。

そうなれば中国も大損害を被るから、中国人民銀行(中央銀行)は、米国と協調し自国の銀行に北朝鮮との取引停止を指示した。金を借りている側が「返さないぞ」と言えば、貸し手がたじたじとなる。 「弱者の脅迫」とも言えるが、米国は借金王であると同時に世界の金融界の支配者でもある。

ドルは基準通貨であり、取引のドル決裁は、米国のシティバンクやJP・モルガン・チェース銀行などを通じて行われるから、その仕組みから排除されると現金取引しかできず大変な不便を被る。

古代エジプトで、元はナイル河の水をどこに流すかを管理する水門の番人が、やがて「ファラオ」となり、ピラミッドを築くまでの権力を握った、と言われるのと似ている。

グローバル化が生んだ新たな課題 有数の対外資産持つ日本にも影響

外国から預かった金を人質のようにし、他国に指図する妙な権力が生じたのは経済のグローバル化の結果だ。国連が生まれたのはそれ以前の1945年だから、国連憲章は第2条で「武力による威嚇又は武力の行使」を慎むことは明記しているが、それにも劣らない力がある「資産凍結」は禁止されていない。

むしろ平和に対する脅威への「非軍事的措置」として、第42条に「安全保障理事会は経済関係や運輸通信手段の中断を決定できる」と定めている。この条文は1国がそれを恣意的に行うのではなく、安保理がその措置を決定する趣旨だ。

農業主体の経済の時代には他国の領土の一部を占領し、自国の意志に従わせる「保障占領」が行われたが、商工業、金融が中心の今日では、国力の一要素として金融資産の価値は無人島などとは比較にならない。

国連などの承認もなしに、それを差し押さえる行為は、事実上、国内法の域外適用と同然だ。この問題は、武力による威嚇と同様、今後、国際法上の規制が論じられるべきものだ。

日本としては北朝鮮に対し、安保理決議を上回る独自の制裁を行ってきたし、北朝鮮の核・ミサイル開発と配備は重大な脅威だから、この問題については米国独自の「2次的制裁」に異論を唱えにくい。

だが、これが先例となって他国が同じようなことをすれば、中国に次いで、世界第2位の外貨準備(1兆2500億ドル)を有する対外融資・投資国である日本が被害を受ける可能性もある。日本政府は、今回はあくまで「例外的措置」として賛成したことを後日の証拠として残すべきだと考える。

北の核・ミサイル開発を止めさせる効果はない

米国のムニューシン財務長官らはこの金融制裁で「北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源を断つ」と言うが、その効果はなさそうだ。

(続く)