反日の根底には「恨」の感情がある
『NEWSポストセブン』
 本誌で「逆説の日本史」を連載中の作家・井沢元彦氏は、20年以上前に遡る1991年、韓国と日本が歴史認識をめぐって法廷で争うという、現在を予見するような異色長篇小説を上梓した。
井沢氏はこの作品で、韓国の反日の根底には、「恨」の感情があると喝破したが、なぜそのような“文化”が生まれたのか? 井沢氏が解説する。
「恨」が朝鮮民族の特徴になったのは、民族の辛い歴史による。朝鮮半島の北側にはつねに中国という超大国が存在し、自分たちを隷属させようとしてきた。そこで、676年に初めて朝鮮半島を統一した統一新羅が典型だが、
国王は中国の皇帝の家臣という形を取って政治的に服従し、その代わり直接統治は免れて辛うじて国家と民族を保とうとした。
 今、朝鮮民族の名前は中国人同様、漢字で書くと姓1文字、名2文字がほとんどだが、かつては複数文字の姓もあった。統一新羅になったとき、生き延びるために中国に阿(おもね)る必要があり、中国式の名前に変えた。
つまり「創氏改名」を行なったのだ。
それは苦渋の選択であり、表面上は服従しつつも、内には屈辱が鬱積していった。
 そのように、歴史的に朝鮮民族にもっとも屈辱を与えてきたのは中国なのだが、韓国は、中国に対しては執拗に謝罪を要求したり、「恨千年」などと言って憎悪の感情を露わにしたりしない。日本に対する姿勢とは大きく異なる。
その理由は、「事大主義」と「小中華思想」にある。
 事大主義とは大に事えること。朝鮮民族にとって「大」とはもちろん中国だ。自分との力の差は圧倒的なので、屈辱を受けても耐えざるを得ない。
その一方で、自らを中国に次ぐ文明国である「小中華」と自負し、
より周辺に位置する日本などを夷狄(野蛮な国)と見下す小中華思想を抱いている。その見下していた相手にもかかわらず、自分たちの上に立った日本に対しては
、深い恨みを持ち続けるのである。※週刊ポスト2013年12月20・27日号