経済コラムマガジン
18/6/25(991号)
米中の通商摩擦問題の新局面
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(略)

「面子」を重んじる中国の失敗

米国の中国を始めとした各国との貿易摩擦の実態経済への影響が研究機関で分析され、米国経済への悪影響は軽微という結果が出ている。
これは米国経済の貿易依存度が低いからと理解できる。米国の輸出金額のGDP比率は先進国の中でおそらく一番小さい。したがって個々の企業や地域にある程度の悪影響が出ても、米国全体では影響は限られる。

一方の輸出依存度の大きい中国などの制裁対象国への打撃はかなり大きい。ちなみに日本は11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」で説明したが、
昔は輸出のGDP比率は意外にも大きくなかった(もちろん米国の方が日本より小さいが)。ただ日本は財政が緊縮型になってから、
輸出のGDP比率は少し大きくなっている(それでも中国や韓国よりずっと小さい)。

トランプ大統領の強気の理由として、まずこのように貿易摩擦の激化の悪影響が米国全体にとって限定されていることが挙げられる。
ただし中国に進出している米企業にとっては、米中の貿易摩擦は大きな打撃となる。どうもトランプ大統領はこれに目を瞑って制裁を行う覚悟である。

しかしトランプ大統領の狙いや目標がもう一つ判らない(これについては最後に言及する)。ひょっとすると大統領自身もこれを深く考えず、制裁強化に走っている可能性はある。
たしかに中間選挙を控え、米国民に「やっているぞ」というアッピールにはなる。また調子に乗っている中国に鉄槌を下す姿が、米国民に案外受ける可能性はある。

これまでも中国の巨額の対米貿易黒字や人民元安は、議会でも度々問題になった。
しかし親中派の有力政治家が間を取り持ち「お茶を濁すような解決策」で済ましてきた。例えば為替の不正操作が議会で問題になっても、わずかな人民元の切上げで批難をかわした。

しかしワシントンの中央政界と距離のあった大統領には、この手法は通用しないようだ。まさに中国は正念場を迎えている。2週間後の7月6日から本当に米国の制裁が始まるのか大いに注目される。

前段で最初のトランプ大統領の500億ドルの制裁に対して、中国が即座に同じ500億ドルの報復関税を決めたことは失敗だったのではないかと筆者は指摘した。
いかにも「面子」を重んじる中国が踏出してしまいそうな行動である。しかし問題の根本は、中国の対米貿易黒字が3,500億ドルと突出して巨額なことである。
つまり米国は中国にとってまさに「神様」のような上得意先である。報復関税はその「お客様」の顔に泥を塗る行為である。

大統領は中国が報復関税に出ることを承知で、敢て500億ドルの制裁カードを切ったと筆者は見ている。
だからこれに対抗する中国の報復関税を見て、これを待っていたかのように2,000億ドルの制裁を直ちに追加した。筆者は、中国の動きはトランプ大統領の「読み」通りと考える。「賭」は大統領のペースで進んでいると筆者は見ている。

この2,000億ドルの追加制裁に対し、「面子」を重んじる中国がさらなる対抗措置に出るのか見物(みもの)である。もし中国が対抗措置に出れば、米中の制裁合戦はさらに泥沼に陥って行く。7月6日までまだ時間があり、中国の次の出方が注目される。

筆者は、中国にとって最良の「手」は報復関税を持出さないことであったと考える。もし中国が報復関税を決めなければ、トランプ大統領は次ぎの一手である「2,000億ドルの追加制裁」というカードを切りにくくなった。
困るのは追加制裁のカードを切れなくなる大統領の方だったという推測が出来る。

中国は報復関税を持出さず、ひたすら米国との再交渉を求めるのがベストの対応だったと筆者は思う。
例えば米国からの輸入をさらに上積みするとか、また制裁の関税率の引下げを訴えるなど交渉の余地はあったはずである。
そしてこれによって米中の貿易摩擦問題は終息に向かう可能性が生まれていたかもしれない。それはゲームを長引かせたい大統領に肩透かしをくらわすことになる。

貿易摩擦問題はトランプ大統領が引き起した。
ひょっとすると大統領の本当の狙いは、通商問題を超えたところにあるのではという推理が筆者の頭に浮かぶ。
例えば米国にとって絶対優位の貿易問題を使って、中国の行動を牽制することが考えられるのだ。
南シナ海への中国の軍事進出や台湾への不当な圧力などへの対抗措置という見方である。もちろん北朝鮮への中国の適切な対応も念頭に置いていると思われる。
もしこの話が本当ならゲームはまだまだ終わらない。