ネット界隈でしきりに取りざたされる噂や陰謀論──その真相にジャーナリストの安田浩一が本気で挑む。
題して「安田浩一ミステリー調査班(通称YMR)」。
第一回目のテーマは「田布施(たぶせ)システム」だ。

山口県の小さな町が、日本を代表する政財官界の大物を次々と輩出、我が国を影で操っているという「噂」の真偽とは?
なぜ、このような噂がネットを駆け巡るようになっていったのか?
前編・後編の二回に分けてお届けする。

■日本を支配する町

山口県・田布施(たぶせ)町。
県南東部、瀬戸内海に突出した室津半島の付け根部分に位置する人口約1万5000人の小さな町だ。
「田布施システム」──いつのころからか、日本の権力構造を表すキーワードだとして、ネットを中心に流布されるようになった言葉だ。
ネットに疎い私でも知っているのは、いまやオフラインの日常語として定着しているからでもあろう。

一種の陰謀論である。例えば、以下のような。

・幕末に、天皇と田布施出身の若者が入れ替わった。それ以来、田布施の出身者や関係者によって日本は支配されている。
・実際、田布施とその周辺の町は日本の首相を数多く輩出している。
・田布施の背後にはユダヤ資本が存在する。
・朝鮮人の日本支配にも田布施は関わっている。

そう、日本を動かしているのは永田町でも霞が関でもなく、その場所さえ大半の日本人は知らない、田布施という名の田舎町だった、
そして、その田布施の意向で日本が歴史を刻んできた──という話なのである。

ばかばかしい。
ばかばかしいだけではなく、そこには差別と偏見に満ちた醜悪な視線も垣間見える以上、捨て置けない。
宇宙人や雪男の話と違って少しも笑えない。

特定の民族を、まるでブラックボックスを紐解くカギのように位置づけるのは、マイノリティの"特権"をあげつらうネトウヨ的発想だ。
だが、「田布施システム」の存在を信じるのは必ずしもネトウヨとは限らない。

たとえば音楽家・政治活動家の三宅洋平が、かつて出馬した2016年の参議院選挙で、大真面目に「田布施システム」の存在に言及したのはよく知られた話だ(後に事実を検証できなかったとして謝罪)。
右派の一部は「朝鮮人支配」の証拠として、逆に、左派の一部は「自民党独裁」の象徴として、ともに田舎町の存在を位置づけているのである。

■明治天皇の”替え玉”として

この陰謀論には"元ネタ"がある。
1997年に発行された『裏切られた三人の天皇』(鹿島昇著、新国民社)、『日本のいちばん醜い日』(鬼塚英昭著、成甲書房)など、いずれも明治維新の「謎」に言及した書籍だ。
両書が共通して採用するのは「明治天皇すり替え説」である。
幕末、伊藤博文らによって孝明天皇が暗殺され、田布施村(当時)出身の奇兵隊士・大室寅之祐(おおむろ・とらのすけ)なる人物が"替え玉"として明治天皇に即位した。

孝明天皇暗殺は長州藩の影響力を未来永劫、保持することが目的だった(公武合体派の孝明天皇は長州閥を快く思っていなかったとされる)。
大室寅之祐が天皇に即位した結果、田布施出身者が日本を動かすようになった──というストーリーだ。
近代日本の起源たる明治維新に、隠蔽されたドラマがあるとの主張は、他にもさまざまな物語を生み出していく。
明治以降、国家権力はロスチャイルド家をはじめとするユダヤ金融資本とも結託し、田布施人脈を駆使しながら日本の針路をコントロールした。

要するに「田布施マフィア」による日本支配だ。
しかも田布施出身者の多くは朝鮮半島にルーツを持つ人間であるとして、さらに話は面妖な趣を放っていくのである。
ちなみに鹿島昇は本業が弁護士、鬼塚英昭は竹細工職人の傍ら近現代史の研究に取り組んだノンフィクション作家だ。
ともに在野の歴史家として一部に根強いファンを持つ。

鹿島は01年に、鬼塚は16年に、それぞれ鬼籍に入っている。
なお、ふたりの著作に「田布施システム」なる文言は一切使われていない。
これは両書に影響を受けたネットユーザーによる造語である。
引用、援用、コピーが重ねられ、いまでは原典を離れて「原発利権」や「TPP」までもが田布施システムの落とし子に位置づけられるようになった。
いわゆる"トンデモ論"の類として一蹴したくもなるのだが、流布される陰謀論がときにそれなりの説得力を持ってしまうのは、随所に否定できない「事実」をちりばめることで、全体を「真実」に底上げしているからでもある。

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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57383