戦時中の強制徴用の賠償を求める韓国人が新日鉄住金を訴えた裁判で、韓国の大法院(最高裁)が10月30日に判決を言い渡す。日本政府は元徴用工の個人請求権問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場。

原告の主張通り日本企業に賠償を命ずる判決が出れば、日韓の外交・経済関係への深刻な打撃は不可避だ。未来志向を掲げる両国関係の土台が揺さぶられる可能性が出ている。

朝鮮半島の植民地時代に強制労働をさせられたとして韓国人4人が新日鉄住金に損害賠償を求めた裁判では、ソウル高裁が2013年に同社に対して賠償を命じる判決を出していた。その後、最高裁判決に至るまで5年もかかった背景には、この問題を巡る複雑な経緯がある。

戦時中に朝鮮半島から動員され、軍需工場などに送られた人々は、粗末な食事で休日は月1、2回しかないなど過酷な環境での労働を強いられた。日本政府にこうした労働への賠償を求める声は終戦直後からあった。

ただ、経済復興のために日本との関係改善を急いだ韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)政権は1965年、日本との国交正常化のための日韓基本条約とともに日韓請求権協定を取り交わした。

同協定は日本が韓国に5億ドルの経済支援を実施することで、両国民の間の請求権問題を「完全かつ最終的に解決する」内容だった。ただ、韓国政府も問題は解決済みとの見解を示してきたが、国民には反発を懸念して詳細な説明を控えてきた。

日本政府は同協定に基づき、元徴用工の個人請求権問題も解決済みとの立場をとってきた。一方、協定の内容が周知されていない韓国内では元徴用工への賠償を日本企業に請求するよう求める世論が年々高まった。

元徴用工やその遺族の原告は、05年に新日本製鉄(現新日鉄住金)を相手取りソウル中央地裁に提訴。しかし当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が同協定や関連の外交文書を検証した結果、個人が企業に賠償を求めるのは事実上困難との見解を表明。一、二審は原告が敗訴した。

状況が変わったのが12年だ。韓国最高裁が韓国政府には賠償請求権が無いものの「個人請求権は消滅していない」との判断を示し、審理をソウル高裁に差し戻した。これを受けて同高裁は13年に計4億ウォン(約4千万円)の賠償を命令。

戦時中に女子勤労挺身(ていしん)隊員として日本で働いた韓国人女性らを巡る別の訴訟でも日本企業の敗訴が相次いだ。

ところが、最高裁はソウルで差し戻し控訴審の判決が出てから、5年以上も判断を保留した。原告側から不満の声がでるなか、今年に入ると朴槿恵(パク・クネ)前政権が日韓関係悪化への懸念から判決の先延ばしを求めて最高裁に圧力をかけていた疑惑が浮上した。

こうした経緯から、30日の公判では原告に有利な判断が下されるとの見方が多い。原告が勝訴すれば日本企業が韓国投資に慎重になったり、嫌韓感情の高まりで日本人訪韓旅行客が減ったりする恐れがある。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領は盧政権が日韓請求権協定を検証した際、大統領府の高官だった。文氏は就任後に「個人請求権は残っている。韓国政府はその立場で歴史問題に臨んでいる」と発言したことがあるが、今回の裁判で原告が勝訴した場合の対応はまだ明らかにしていない。


2018/10/26付日本経済新聞 朝刊
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO3692339025102018M10800/