ネットやSNS上で拡散されるヘイトスピーチ。
民族差別などを受けた個人の人権救済を図る上で、司法や企業の果たす役割に注目が集まっている

まとめサイト「保守速報」の画面から企業広告は消えていた。匿名のヘイト投稿の転載は確認されなかった。
この背景には、1人の在日コリアン女性の「自己犠牲的」ともいえる裁判闘争がある。

ネット上の差別的投稿を集めた「保守速報」で名誉を傷つけられたとして、在日朝鮮人のフリーライター李信恵(リシネ)さん(47)が
サイト運営者に損害賠償を求めた訴訟で、運営者に200万円の支払いを命じる判決が昨年12月、最高裁で確定した。

運営者は2013年7月から約1年間、匿名掲示板「2ちゃんねる」やツイッターから、
李さんを名指しして「朝鮮の工作員」などと書き込んだ投稿を引用し、編集を加えて掲載。

まとめサイトで編集する際、差別的な文言を拡大したり、色をつけたりして強調した。

李さんの代理人を務めた上瀧浩子弁護士はこう振り返る。
「膨大なまとめサイトがある状況で、『まとめる』という行為が権利侵害に当たる、と認定された意義は大きい」

しかし、個人が法的手段に訴えるハードルは高い。運営者の特定に要する時間と労力のコストは甚大だ。
最高裁まで闘った李さんの場合、訴状や準備書面などの文書は膨大な量になった。

原告にとってさらなる壁は精神的負担だ。上瀧弁護士は言う。

「訴訟になるとネット上でものすごい攻撃にさらされます。李さんもツイッターに卑猥な画像を送られるなど嫌がらせや多くの誹謗中傷を浴びています。
訴訟にかかる費用と、精神的負担は重く、名誉毀損の認定で得られる額が見合わないため、勝訴できるとわかっていても提訴をためらう人は多いはずです」

被害を受けた側がよほどタフでなければ法的手段にも訴えられないのが現実なのだ。

李さんは、ヘイトにさらされ、サイトやブログを閉鎖せざるを得なかった人たちの悔しい思いも背負って法廷闘争を続けた。

保守速報の閲覧数は約4億人に上った年もあった。運営者が高額の広告収入を得ていたのは間違いない。
転機は昨年6月に訪れた。プリンター大手・セイコーエプソンの子会社のエプソン販売が「保守速報」に広告が掲載されている、
との一般ユーザーからの問い合わせを機に社内で協議の上、サイトへの広告配信を停止。他企業も追随する流れを生んだ。

同社の判断の経緯についてセイコーエプソンの広報担当者はこう説明する。
「特定の思想や信条を支持、あるいは否定していると受け取られる広告活動は行わない、との社内規定に基づき判断しました」

掲載サイトの選定は代理店が広告主の予算やターゲット層に応じて仲介する仕組みのため、
広告主の企業は把握できていないことがある。しかし、製品のブランド価値が損なわれるリスクを防ぎたい企業側の「ブランド・セーフティー」意識の高まりとともに、
ネット広告の管理も問われる時代になっている。

上瀧弁護士は言う。
「今回の判決は、経済的利益を目的に差別やヘイトを拡散しているサイト運営者には大きな打撃になったと思います」

ネット上の中傷は刑事事件の処罰対象にもなっている。在日コリアンを親に持つ川崎市の男子高校生をネット上の匿名ブログで中傷したとして、
川崎簡裁が大分市の男(66)に侮辱罪で科料9千円の略式命令を出していたことを、生徒の代理人弁護士が1月16日に会見で明らかにした。

生徒側弁護団は、現行のヘイトスピーチ解消法は「実効性のある救済手続きが整備されていない」と
法整備や捜査態勢の整備を求めている。対策強化は必須だ。(編集部・渡辺豪)

※AERA 2019年1月28日号
https://dot.asahi.com/aera/2019012300060.html