社説(10/8):「不自由展」再開へ/国は補助金不交付の説明を
2019年10月08日 火曜日

 気に入らない表現は脅迫めいた抗議で押さえ込む。そんな「あしき前例」をつくってはなるまい。

 愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、中止になっていた企画展「表現の不自由展・その後」がきょう、再開される。芸術祭実行委員会と企画展実行委の双方が再開に合意し、運営などを協議してきた。

 批判や論争を呼び起こすとして自由な表現を封じる行為は、健全な民主主義を育む妨げとなろう。芸術祭の会期は14日までと残り少ないが、不自由展の再開を歓迎したい。

 不自由展は8月1日に開幕した。従軍慰安婦をモチーフとした少女像などの展示に対し、抗議や批判が殺到。芸術祭実行委が「安全な運営が危ぶまれる」として、わずか3日で中止を決めていた。

 再開する不自由展は、少女像などの展示内容を原則変えないという。再び抗議が相次ぐ事態も予想される。トラブルなどに対し万全の対策を講じてほしい。

 憲法は「表現の自由」を保障している。かつて最高裁は表現の自由を巡り、送り手と受け手の間の基本的原理を示した。それによると、表現の自由は、情報の伝達という送り手の自由のみならず、受け手の「知る自由」の保障も伴うとしている。

 表現の自由は他者への伝達を前提にしており、芸術作品などは伝えるための「表現の場」が必要となる。その場が奪われる事態は、作品を鑑賞する受け手の「知る権利」の侵害にもつながる。

 国や自治体は文化芸術基本法に基づき、公的助成によって美術展や芸術祭という場の設置を支援してきた。同法は前文で「文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し、文化芸術活動を行う者の自主性を尊重する」と宣言している。

 政府や行政は自由や人権を擁護し、表現の場を守るのが本来の役割のはずだ。だが、文化庁は国際芸術祭に内定していた補助金約7800万円を交付しないと決めた。

 文化庁は、円滑な運営を脅かす事態が予想されたのに愛知県が申告しなかったとし、手続きの不備を理由にしている。しかし、いったん内定した補助金の不交付は異例であり、言い分を額面通りに受け取るわけにはいくまい。

 日韓関係の悪化などを背景に、少女像などの展示には菅義偉官房長官も中止前の段階で、補助金交付に慎重な姿勢を見せていた。経緯からみれば、表現に対する政治の選別があったと疑われても仕方ないだろう。

 これでは、企画展を中断に追い込んだ脅迫などの行為を政府が追認したことにもなりかねない。表現活動への社会の萎縮も懸念される。

 野党は臨時国会で、今回の不交付について追及する構えだ。政府は経緯の詳細を説明する責務がある。
https://sp.kahoku.co.jp/editorial/20191008_01.html