全ボンジュン

生涯
1854年、全羅北道の泰仁で生まれた。東学の地方幹部であった彼は、暴政を行う役人に対する憤りから、1894年に農民を統率して郡庁を襲撃した。
この民乱を契機として甲午農民戦争が勃発した。その後まもなく日本と清朝がともに出兵したこともあり、一旦は全州和約を結んで政府と和した。
しかし、親日的な開化派政権が成立すると、再び蜂起して抵抗を続けた。
最終的には日本軍によって捕らえられ、漢城(ソウル)で1895年に処刑された。
井上馨日本公使は全琫準の人格に共感し、朝鮮政府に処刑しないように要請していたが、朝鮮政府は井上が帰国している間に、処刑を執行した。

殺したの朝鮮じゃん