日本社会が陥った確証バイアス

 前掲の3事例を改めて振り返る時、社会心理学の用語である「確証バイアス」が日本社会全体へ広がっているとの感覚を持たざるを得ない。確証バイアスとは、自らの考えを支持する情報のみを集め、反証情報を無視する傾向をいう。

 日韓関係で捉えるならば、「日本が常に正しい行動をとっているにもかかわらず、韓国はいつもそれを受け止めることなく謝罪を求める感情的な国である」と見なして、自分に入って来る情報を韓国や文在寅政権に対する否定的なステレオタイプに見合ったもので凝り固めてしまう状況である。従来、それは一部の政治家やネットの中で見られたものであったが、そうした確証バイアスがマスメディアや社会全体に広がり、韓国の一側面をもって世論が形成される状況が現在生まれている。

「週刊ポスト」2019年9月13日号の特集「韓国なんて要らない」

 本来は注視すべき韓国の主張や背景に目を向けず、実態と異なる印象により日本の対韓政策が決定され、市民がそれを後押しする構造は、いうまでもなく危険性が高い。市民に韓国についての適切な情報が行きわたらず、自ら学ぼうとする動機付けもない中で、状況は一層悪化している。これは3つの事例だけでなく、本連載の出発点であった2018年秋の徴用工判決から続くものといえる。政府、メディア、社会全体で形成されたステレオタイプは対立、敵意、嘲りなどを生み、対話を遠ざけてしまっている。

 「史上最悪の日韓関係」という言葉は、この数年決め言葉のように、両国に対立が生じた際に使われてきたが、現在の日本における確証バイアスの広がりは、日韓関係に限らない最悪の事態である。戦後日本が保ってきた平和や対話を重視する姿勢が大きく変容し、否定的な意味で日本が「新たな段階」に入ったといえよう。その変化が政治家のみにとどまるものであれば、政権交代や代替わりなどで解決することもある。しかし、社会全体が複眼的思考を失ってしまった場合、その社会によって選ばれた政治家や、その支持を取り付けたいメディアは一層偏った情報発信に拍車をかけてしまう。

 もちろん、韓国に何も問題が無いとは思わない。しかし、これまで取り上げてきた徴用工問題に端を発する日韓の対立から、日本社会がある意味で危険水域に達している傾向が見えてくる。今、日本社会あるいは世論を形成するメディアが、その歪(いびつ)さに気づかなければ、韓国との外交関係の悪化だけでなく、日本が非常に偏狭な国へ変質してしまうとの警鐘を鳴らしつつ、この稿を閉じたい。