<これが東京オリンピック(2)> クォン・ジョンオ記者

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2020年の東京オリンピック事前企画の取材のため、私は昨年末に東京と近隣の都市を訪問しました。 1兆7千億ウォンを投入して新たに作ったメインスタジアムを取材している途中、道路の向かい側に日本オリンピック博物館を見つけました。 昨年9月オープンしたこの場所は、日本の近代スポーツ史とオリンピックの歴史はもちろん、オリンピックに関する情報が一目で分かるよう、各種の記念品が展示されていました。

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私が日本オリンピック博物館で100人余りの観覧者たちと各所を見回っている途中、非常に見慣れた一枚の写真を見つけました。1936年のベルリンオリンピックのマラソン優勝者である故・孫基禎(ソン・ギジョン)先生が、月桂冠をかぶって表彰台に立っている写真でした。孫基禎先生は他の種目の歴代の日本オリンピックの金メダリストとともに展示されていました。写真の右側下には『孫基禎 1936年ベルリン大会 陸上競技 男子マラソン』という説明が日本語で書かれていました。

ご承知の通り、孫基禎先生は1936年のベルリンオリンピックの際、『KITEI SON』という日本の名前で日の丸を胸に付け、日本選手団の一員として出場して金メダルを獲得しました。現在はIOCのホームページにも、『KITEI SON』という名前で日本選手だったことを明示しています。しかし、韓国側の執拗な要求を受けたIOCは、『彼の本来の名前は “Sohn Kee-chung” で、当時我が民族は日本の殖民地統治を受けていて、東亜日報は孫基禎のユニフォームにあった日の丸を抹消し、その後孫基禎は韓国の英雄になった」という内容を下部に詳細に説明しています。

しかし、日本オリンピック博物館には、このような説明が全くありません。そのため私はこの博物館に来ていた日本人観光客に、「孫基禎先生が元々は韓国人という事実を知っていますか?」と尋ねたところ、たったの一人も「はい」とは答えませんでした。日本オリンピック博物館はJOCが運営しています。

JOCが孫基禎先生を日本のオリンピック金メダリストと認めるのは、彼らの立場からすれれば当然です。いずれにセヨ、日の丸をつけて日本の選手団として出場したからです。孫基禎の金メダルは、『客観的に日本の金メダル』というのが日本側の公式の立場です。我々としては孫基禎先生が日本人ではなかったという事実を、彼らがあえて表に出さないのは残念ですが、『日本の金メダル』という主張を全面否定するのは容易ではありません。

私は少し、重苦しい気分で日本オリンピック博物館を出ました。そして2020東京オリンピックを準備している東京オリンピック組織委員会を訪問しました。タカヤ・マサ(たぶん高谷正哲)組織委員会スポークスマンに対し、東京オリンピックに関連した多くの懸案について質問し、組織委員会のホームページに出ている『独島(トクド)表記』について尋ねることになりました。現在も東京オリンピック組織委員会のホームページに出ている聖火輸送経路を見れば、独島が日本領土であると明確に表示しています。

ソース:SBS(韓国語)
https://news.sbs.co.kr/news/endPage.do?news_id=N1005633624

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