(動画=YouTube)
https://youtu.be/8qnDYOst5NI

<アンカー>
日本軍慰安婦被害者の存在を世間に初めて伝えた人物は、植村隆元朝日新聞記者です。

彼は30年近く、日本の極右勢力による執拗な脅迫と陰湿な攻撃に立ち向い、法廷闘争を繰り広げてきました。

今日(6日)、その結果が出ました。

日本の北海道で、ファン・ヒョンテク特派員が取材しました。
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<レポート>
去る1991年、慰安婦問題を世間に初めて伝えた日本の朝日新聞の記者です。

隠されていた真実は韓日外交に大きな波紋を呼び、最終的に慰安婦の強制性を認めたいわゆる『河野談話』に繋がりました。

<河野洋平(1993年当時の官房長官)>
「(慰安婦の)募集と移送、管理なども甘口と強圧によるものでした」

誰もが目を背けていた日本の恥を、暴き出した対価は残酷でした。

『捏造記事を書いた』という陰湿な攻撃、殺害の脅迫も頻繁に舞い込みました。

<植村隆(元朝日新聞記者)>
「(17歳だった)娘を殺すという脅迫文を受けた時は本当にショックでした。未だに犯人は捕まっていません」

耐えきれなくなった彼は名誉毀損訴訟を起こしましたが、昨年の1審に引き続き、今日(6日)の2審の裁判もこれを棄却しました。

「日本の内部に別の意見もあるだけに、“捏造” という主張も論評の範囲を脱しない」と判示しました。

「プダン パンギョルウル チョフェハラ!(不当判決を撤回セヨ!)」
「「「「チョフェハラ!(撤回セヨ!)」」」」

控訴審裁判には韓国人の元老ジャーナリストが訪ねていき、植村元記者を応援しました。

<イ・ブヨン(自由メディア実践財団理事長)>
「我々の問題を抱えて、日本中で差別されて疎外されている日本人が実に多くいます。“負い目を担っているんだ” こう考えるようになりました・・・」

最高裁判所への上告とともに、文章を通じて良心と真実の旅を続けるという植村元記者。

戦いを止めない理由を問いました。

<植村隆(元朝日新聞記者)>
「捏造していないから戦うしかありません。“捏造記者” でないということを証明するしかありません」

札幌からKBSニュース、ファン・ヒョンテクでした。

ソース:KBS(韓国語)
http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=4376654