悲しみを心の奥に押し込めず、そのまま抱いて暮らすこと。
たとえ眠れなくても、涙があふれても、
ご飯を食べられたら大丈夫と聞けば、
いずれ来るその時も乗り切れる気がしてきます。

それから、人を苦しめる毒としている怒りは
コントロールが難しいと感じている人も多いはず。

怒りはね、持っていても何もいいことはありません。
怒りを感じたらまず床に足を投げ出して座ってみてください。
この状態で怒りを持続できる人はまずいません。
怒りは上から下へのエネルギーですから、
下から見上げて怒るのはなかなかパワーがいることで、
1分以上はまず続きません

嫉妬は、ほとんどの場合が思い違いで無駄な感情です。
嫉妬は「不当に奪われた」ということから発するものですが、
たいていは不当ではないんです。
例えば「自分より早く出世しやがって」などという嫉妬心は、
自分が相手より能力がなかった、それだけのことなんです。
冷静になれば単なる勘違いだとわかって楽になります
あとは
自分を大切にしないことですね。よく、自分を大切に、
といいますが、じゃあ「自分」ていったい何でしょう?
 人はなぜ生まれていつ死んでどこへいくのか、
誰もわかりません。自分という存在には根拠も意味もない

自分になりたくてなった人なんてどこにもいません。
容姿も、名前も、他人から与えられたお仕着せの自分です。
そう考えれば、自分というのはこの世を渡るための借り物みたいなもの。
ならば力を抜いて、「大切な自分」から降りて、
たいしたことのない自分として生きていくほうがずっと楽に生きられます

大切な自分から降りるというのは、
自分をないがしろにするということではなく、
自分を高め続ける競争から降りるということ。

人生に意味はないというとね、じゃあ死ねばいいのか? 
と聞かれるんですが、そうじゃない。意味などないんだから、
自分で取り組むべき問題を探すということです。

それは、自分が「やりたいこと」ではなく、
誰かのためになる「やるべきこと」です。そこに価値があります

自分の中に立ち上がる問いを離さないことです。
自分の“べき”を淡々とやれば、
人生の終わりに“やるべきことはやった”ときっと納得できます

「大切な自分」を降りてもいい。
それは同時に他人と深く関わっていくということなのかもしれません。
人生の見方はひとつではなく、別の視点がある