<『鬼滅の刃』が韓国で予想外の大ヒット。複雑な日韓関係に影響されず大衆文化は躍進する>


4月第3週、日本の漫画『鬼滅の刃』の最終巻が教保(キョボ)文庫書店、イエス24、インターパーク、
アラジンなど韓国の大手書店で総合ベストセラー1位に輝いた。

漫画が総合1位を獲得するのは2014年の韓国作品『未生 ミセン』以来の快挙で、
映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の人気によるところが大きい。

映画は今年1月27日に韓国で公開された。累計動員数は4月28日時点で184万人を超え、今のところ21年のランキング2位。
1日当たりの興行収入で4回トップに立ち、11週連続で興行成績トップ3入りを果たしている。

この人気は予想外だった。「15歳以上観覧可」の指定を受けたため(保護者同伴であれば15歳未満でも観覧可能だが)親子連れの集客には不利だろう。
しかもディズニーやスタジオジブリのオリジナルアニメと違い、日本で19年に放映されたTVシリーズの続編なのでTVや原作を見ていないと内容についていけない。
韓国ではネットフリックスが同TVシリーズを配信したのは映画公開の約1カ月後だったから、なおさらだ。

だが最大の障害は、韓国では19年の日韓貿易紛争に端を発した日本製品や日本企業に対する不買運動が、いまだに根強いことかもしれない。
20年11〜12月に実施された世論調査では、71.8%が不買運動に参加したと回答、41.9%が今後も積極的に参加すると回答した。


この状況で『鬼滅の刃』は韓国では拒絶必至と思われた。

物語の舞台が大正時代(1912〜26年)なのも不利だ。日本で大正時代は、25年に治安維持法が制定され、30年代に軍が権力を掌握していく前の、
比較的自由で安定した時代と記憶されているが、韓国では違う。

大正時代の幕開けは日本の朝鮮植民地支配の最初期と重なる。憲兵警察制度による容赦ない統治は19年の3.1運動(反日独立運動)の引き金となり、
植民地政府(朝鮮総督府)は一時方針変更を強いられたが、それも日本の軍国化までだった。

本作には大正時代の重要な歴史的要素は見当たらない。キャラクターの和洋折衷的なファッションなど、さまざまな場所にわずかに反映されている程度だ。
主人公の炭治郎は洋服をヒントにした学ラン風の隊服の上に伝統的な羽織を羽織っている。

近代的な要素が初めて見えてくるのは、主要キャラが浅草を訪れる場面だ。浅草の町に新古典主義様式の高層建築がそびえ、
伝統的な和装の人々と洋装の人々が行き交う。大正時代の文化様式やファッションを美化する「大正ロマン」の風潮は、他の作品でも見受けられる。

ひょっとすると『鬼滅の刃』の作者もこの風潮に倣い、20世紀前半を舞台に伝統と近代性が交差するなかで、
鬼が跋扈(ばっこ)する状況を描こうとしたのかもしれない。


だが普通、20世紀前半の日本を描いた作品は韓国ではなかなか受けない。

こうした歴史的背景に拍車を掛けるのが炭治郎の耳飾り。韓国では日本の軍国主義の象徴とされる旭日旗を連想するとの声もあった。
こうした見方に配慮して、映画でもネットフリックスのTVシリーズでも旭日旗に見えないデザインに修正された。

しかし、さまざまな障害にもかかわらず、劇場版『鬼滅の刃』は韓国で大成功を収めている。
もっとも観客の評価は複雑だ。韓国第2位のポータルサイト、ダウム(親文在寅政権派や民族主義的なユーザーが多いとされる)では10点満点中5.9点。

多くの人が日本を批判するコメントを添えて1点を付けた。一方、ポータルサイト最大手のネイバーでは9.31点となっている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/05/post-96278.php


物語の舞台や日韓の歴史問題をめぐるアレルギー反応も懸念されたが、『鬼滅の刃』は韓国語版コミックもベストセラーに
https://www.newsweekjapan.jp/stories/assets_c/2021/05/210518P48_KMT_01-thumb-720xauto-251394.jpg