ステンレス製の弁当箱の蓋を開け、目に飛び込んでくるのは、大きな骨付き豚ロース肉の排骨(パイコー)。甘辛いしょうゆダレと、香辛料をブレンドした五香粉(ウーシャンフェン)のほのかな香りが鼻をくすぐる。東京都墨田区にある台湾料理店「劉の店」の看板メニュー「台湾鉄道弁当」は、台湾の駅弁を再現。自粛が続く新型コロナウイルス禍でも、旅情を味わうことができると人気を集めている。(本江希望)

「汽車に乗ると、車内で『ベンタン(便當)』『ベンタン』とかけ声をかけながら弁当が売られていた。いつも楽しみだった」

台湾出身のオーナーシェフ、劉俊茂さん(73)にとって、鉄道弁当は子供のころからの思い出の味だ。日本で発展した駅弁文化は、日本統治時代(1895〜1945年)までに台湾に伝わったとされ、台湾鉄道の駅などで販売。排骨などがメインのボリュームのある弁当を温かいまま提供する独自の駅弁文化が根付いた。

台湾南部の嘉義県で生まれ育った劉さんは、子供のころから三船敏郎や勝新太郎らスター俳優が出演する邦画に親しみ、日本に憧れを抱いていた。24歳で来日し、この店を平成15年にオープン。当時、京王百貨店が催す駅弁大会で台湾鉄道弁当が人気を集めたことを知り、自分の店でも販売しようと思ったのがきっかけだった。

試行錯誤して完成した劉さんの台湾鉄道弁当(1210円)は、2段重ねのステンレス製の弁当箱に詰められ、スープとともに提供。メインの排骨は、骨付きの豚ロース肉を使い、小麦粉などを使わず、素揚げするのがポイント。より香ばしさを感じることができるという。日本人にもなじみ深いしょうゆベースの甘辛い味で、香辛料は控えめ。五香粉がほのかに香る。排骨には煮卵や高菜、たくあんが添えられ、ご飯の上には、干しエビなどと炒めたキャベツがのっている。

こだわりの弁当は、日本に住む台湾の人にも好評で「現地よりもおいしい」との声も。コロナ禍でも旅行気分を味わいたいと訪れる日本人客も多いという。

日本国籍を取得し、自身の店で台湾の味を伝え続けている劉さんは、写真家としても活動し、個展を開いたこともある。カメラを片手に各地を回り、日本の移り変わる四季や文化、人々の優しさに触れてきた。

「道を聞けば、丁寧に教えてくれ、ときには一緒に連れて行ってくれる。区役所の人も優しく、『ご苦労様でした』と帰りに言ってくれる。こんな国はほかにない」

日本から台湾へのコロナワクチンの提供など、これまでの支援や交流に触れ、「台湾は生まれ故郷だが、日本は私を育ててくれた第二の故郷。土地はつながっていないが、心はつながっている」と語った。

産経新聞 2021/9/22 14:22
https://www.sankei.com/article/20210922-ELNRHMF7XZPCJDRMJN5JUJ7WSE/

https://www.sankei.com/article/20210922-ELNRHMF7XZPCJDRMJN5JUJ7WSE/photo/B2OIWGXAJNKYFNXBIV6MY5AAEU/
蓋を開くと、甘辛いしょうゆとほのかなスパイスの香りが立ちのぼった=東京都墨田区の「劉の店」(飯田英男撮影)