京都府宇治市の在日コリアン集住地域「ウトロ地区」の一角で火の手が上がったのは、2021年8月30日の夕方だった。

 地域住民の支援活動をしている「南山城同胞生活相談センター」代表の金秀煥(キム・スファン)さんは、事務所内で資料整理をしているところだった。

 「火事や!」

 近所に住む女性が飛び込んできた。

 悲鳴のような声に急かされて外に出てみれば、数軒ばかり離れた場所の倉庫が炎と黒煙に包まれていた。

 「あのとき、生まれて初めて火柱というものを目にしました」

 空に向かって噴き上がる炎は天を焦がし渦を巻く。木造の倉庫を紙細工のように呑みこみながら、近接する家屋にも襲いかかった。

 路地を挟んで建つ家の住人は、家庭用ホースで巨大な火柱と格闘していた。自宅への延焼を防ぐために唯一できることだったのだろう。とはいえ、細長いホースから吐き出される頼りない放物線は、火勢に何の影響も与えない。

 消防車が到着するまでの間、炎が地域の一角を嘗め尽くしていく様子に、ただ茫然と視線を向ける以外になかった。

 焼け落ちたのは倉庫や家屋など7棟である。負傷者が出なかったことだけが幸いだったが、焼け落ちた家屋の一部は、たまたま火災時に住人が不在だっただけで、場合によっては大惨事となっていた可能性も否定できない。

 私がウトロの火災現場を訪ねたのはその約4か月後の昨年末だ。

 火災直後と変わらぬ風景がまだ残されていた。

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 灰燼に帰した一角は、まるで墨汁をまき散らしたかのように、ところどころが黒く染まっていた。

 あの日の「火柱」を見ながら何を思いましたか?──私の問いに、金さんは「なにか自分に瑕疵があったのではないかと不安になった」と答えた。

 倉庫にはウトロ地区の歴史資料が保管されていた。開館が予定されている歴史資料館「ウトロ平和祈念館」の展示品となるべきものだ。同館のオープンに向けて奔走している金さんは、管理に問題があったのではないかと、自らを疑ったのである。

 実際、当初の新聞報道はいずれも「空き家から出火」と報じ、あたかも「失火」であるかのような印象を世間に与えた(警察発表がそのように誘導したともいえる)。

 状況が急変したのは12月6日。京都府警はウトロ地区に放火したとの疑い(非現住建造物放火)で、奈良県桜井市に住む22歳の男性を逮捕した。

 男性は10月、名古屋市にある在日本大韓民国民団の施設に火を付けたなどとして器物損壊容疑で愛知県警に逮捕されている。その捜査過程で、ウトロでの放火を自供したという。

 いずれも在日コリアンに関係する建造物への放火だ。自供通りだとすれば、疑う余地のないヘイトクライムである。断じて許すことはできない。

 容疑者逮捕の報を耳にしても、前出の金さんは「複雑な気持ち」だとして険しい表情を崩さなかった。

 「放火ではないかと考えたこともあります。でも、一方で、放火であってほしくないという気持ちがありました。ここに住んでいる人々にとっては、不安が増すばかりです。差別され、理不尽に憎悪され、生きていることさえ否定されるのかと、絶望的な気持になってしまう。そして、また狙われるのではないかと、さらなる恐怖も増してきます」

 実際、Yahoo!ニュースなどに転載された新聞記事には、「放火は許せないが」と前置きしながら「(容疑者の)気持ちはわかる」「そもそも、ウトロに住んでいること自体がおかしい」といった無責任なコメントが連なっているのだ。

 そればかりか、ネット全体を見渡せば放火を称賛したり、容疑者の「無罪」を願うかのようなヘイト書き込みが後を絶たない。

 まるで新たな犯罪をそそのかしているようにも読める。

 ウトロに向けられたヘイトの火は、鎮火するどころか新たな「火柱」でさらなる被害を生み続けているのだ。

 差別問題に取り組んでいる学識経験者や弁護士などが立ち上げた「京都府・京都市に有効なヘイトスピーチ対策の推進を求める会」では、容疑者逮捕を受けて即座に声明を発表した。

 そこには次のように記されている。

続く。

2022年01月13日 10時00分 タグマ!「ノンフィクションの筆圧」安田浩一ウェブマガジン
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