3月9日の韓国大統領選で、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が当選を果たした。“親日派”と言われる尹氏は5月10日の就任を前にさっそく岸田文雄首相と電話会談に臨むなど、冷えきった日韓関係にようやく陽が差すと期待されている。

 しかし、これまで何度、韓国大統領の「反日転向」が繰り返されてきたか。不穏な空気は次期大統領・尹氏も纏っている。

 韓国の内政を見ると、尹氏が反日政策に転ずる可能性は高いという。コリア・レポート編集長の辺真一氏が語る。

「韓国の国会は革新系の『共に民主党』が議席の3分の2近くを占めています。尹氏は少数与党体制で政策を履行するため、ケースバイケースで野党に譲歩した政権運営を行なう必要があります。その際、野党からは反日的な政策を突きつけられる可能性が高い。尹氏はそれを呑まざるを得なくなるでしょう」(辺氏)

 現在、韓国内では不動産価格の高騰や新型コロナ対策などの課題が山積している。野党が尹氏を厳しく追及し、要求を突きつける場面も出てきそうだ。

 歴代の韓国大統領候補のなかでも親日と言われている尹氏だが、「そもそも親日かどうか疑義がある」と在韓ジャーナリストは語る。

「未来志向の日韓関係を掲げる尹氏ですが、昨年の9月には慰安婦問題について『日本から必ず謝罪を引き出す』などと発言をしていました。彼はそもそも外交的な理念も政治的な信念も持ち合わせていない。大統領選での主張はスローガンばかりで具体性がなく、現実的にどのような日韓関係を目指すか、まるでビジョンが見えません」

 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の李鐘元氏も新大統領の人物像についてこう語る。

「尹氏は検察の特捜畑を歩んだ人物で、政治家としての経験がありません。大統領選の公開討論会では裁判や法律以外のことは一般論でしか語れず、原稿がないと単純な話に終始しました。実際、アメリカのタイム誌が申し込んだインタビューを尹氏は断わったと伝えられています。

 今回、野党候補が一本化したのに大接戦となったのは、大統領選中の尹氏の言動を見た有権者が『本当にこの人を選んでいいのか』と迷った面が大きい。新鮮味はあるものの政治手腕はあまりに未知数で、大統領就任後、複雑な政治課題にどう取り組んでいくのかまったく予想できません。保守政権だから親日という簡単な図式では語れないのです」

 たとえ尹氏が対日融和を推し進めようとしても、最大の壁となるのが世論やマスコミだ。

「歴代の韓国大統領が反日に転向してきた大きな理由の一つが、マスコミや世論からの大バッシングです。

 同様に尹氏が対日融和を目指しても、国民の反日感情の高まりやマスコミによる痛烈な批判にさらされ、日本に強い姿勢で望まざるを得なくなる可能性が高い。特に2年後の国会議員選挙が近づくタイミングで、与党の票を伸ばすために強固な対日姿勢に舵を切る可能性が高いでしょう」(辺氏)

アメリカを利用して譲歩を迫る

 大統領選後、尹氏は日米韓を軸とする安全保障を打ち出した。しかし、これも言葉通り受け取るのは早計だという。元朝日新聞社ソウル特派員の前川惠司氏が語る。

「尹氏は日米韓と言っていますが、韓国があくまで重要視しているのは同盟があるアメリカとの関係です。

 アメリカを利用して日本から様々な譲歩を引き出すような根回しをする可能性があります。具体的には元徴用工に対する賠償金の問題などで、韓国側の主張を認めるようアメリカが日本側に求めることが考えられる。

 日本では保守政権の誕生を歓迎する声が多いですが、反日反米で孤立した文政権よりも尹政権のほうが、日本に不利益をもたらす恐れがあります」

 当選後の会見で日韓関係について問われた尹氏は、「重要なのは“韓米”両国共通の未来の利益を……」と言い間違えて話題となった。日韓よりも米韓を優先する本音が、思いがけず漏れたのかもしれない。

 新政権の発足に向けて日本に必要なのは、先手を打って主導権を握ることにある。前出の辺氏が語る。

「大切なのは、協調しやすいメッセージを尹氏が発信しているうちに、日本側が信頼関係を構築することです。ギブアンドテイクで交渉できるカードを並べたうえで意思疎通を図り、尹氏を反日にさせない意思と能力を示すことが求められます」

 後手に回るほど日本の国益が損なわれる。外交通を自称する岸田首相の手腕が問われる。

※週刊ポスト2022年4月1日号
3/19(土) 16:15配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/604444a315099ce876f93b045996592ab3fd94cb