最近、中国取材が面白い。といっても、厳重なゼロコロナ政策が敷かれる中国には、そう簡単には渡航できない。いま私が面白がっているのは、日本国内で、中国から移住してきたばかりの中国人に会うことだ。

 というのも近年、これまで中国社会の中枢にいたはずのエリート層が、習近平体制に見切りをつけて続々と母国を離れる現象が加速しているのだ。

 中国を脱出する行為は「潤」(run)と呼ばれ、いまや上流層を中心にちょっとしたブームになっている。ちなみに「潤」という漢字に意味はなく、?音(中国語の発音を表すアルファベット表記)の「run」が英語の「run」に通じることから作られた俗語だ。

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「潤」は今年4月から急増した。理由について、最近関西地方に移住した50代の中国人女性は「上海のロックダウンでこりごりになった人が多い」と話す。彼女は天安門世代の上海人で、若い頃の原体験として「ダメな中国」を知っていることもあり、もともと体制への不信感は強かったようだ。

「中国社会の非合理性に、つくづく愛想が尽きたんです。あそこまで厳格な封鎖は本当に必要だったのか。数日に一回のPCR検査で逆に『密』になって感染リスクが高まったり、陽性者が送り込まれる集団隔離所が非衛生的でプライバシーもなく、かえって心身を壊しそうな環境だったり。まともじゃありません」

 彼女がやりきれないと感じたのは、こうした施策の根拠を納得のいく形で説明されたり、問題点が後日に客観的に検証されたり、人的・経済的な被害の真相が伝えられたりすることが、現代の中国の体制下ではまるで望めないことだった。

 当時、上海では「この過剰な統制は、やがて台湾に侵攻する際に国際社会から受ける制裁と、それによる物資欠乏に備えたシミュレーションだ」「上海市民は捨て石にされた」といった噂も乱れ飛んだという。極限状態にありがちなデマだが、市民の強い不信感を読み取れる話ではある。彼女は続ける。

「もともと、習近平政権が2期目に入った5年前から雲行きのあやしさを感じて、日本に少しずつ財産を流していたんです。いつでも拠点を移せるようにはしていましたが、今回の一件が、出国を決める最後のひと押しになりました」

 一般市民はそれでも党や習近平に信頼感を持っている人が多い。ただ、富裕層や知識層を中心に、上海のみならず北京や深?など他の大都市からも脱出の動きが加速した。単なるロックダウン避けが目的ではなく、その根底にあるのは、あんな政策に平気でゴーを出せる硬直した体制に対する懸念だった。

「国家自身の自浄作用を期待しにくい。これがなにより怖い」
「習政権の3期目突入で、体制の硬直化は加速すると思う。不動産バブルの崩壊も経済成長の鈍化も深刻ですが、問題を柔軟に解決できるような、国家自身の自浄作用を期待しにくい。これがなにより怖い」

「民間企業の自由な経済活動に、政府から無駄なクチバシがやたらに入る。それにもかかわらず、例えば上海のロックダウン中には、物資を横流しするような怪しげな企業がいくつも生まれた。いずれも背景に党の高官がいると言う話だった。社会に公平性や透明性がなさすぎる」

「5年後か10年後かはわからないが、習近平は老いて権力を失えば『清算』されるはずだ。社会主義国家の強力な独裁者が、安定的に次代への権力移行をおこなえる例は、実子に継承させる以外ではほとんど見られない。やがて習が老いれば、国家の滅亡とまではいかなくとも、相当の混乱が起きることは確実だ。中国の先行きは危うい」

 私が会った「潤」の当事者たちの中国の将来に対する見方は、いずれも驚くほど悲観的だ。母国に見切りをつけた人たちなので当然でもあるが、彼らは常に体制を批判してメシを食っている民主活動家などではない。半年~数年前まで中国社会の中枢にいた人たちの口から、こうしたセリフが次々に飛び出していることは、やはり驚く。(安田 峰俊)

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https://news.yahoo.co.jp/articles/cdb51fb02d28055f4022ea996f0596d0e4165ad4?page=1