中国人による不正論文の“大量生産”疑惑が科学界を揺るがしている。中国人研究者が発表した論文内に、エビデンスの偽造や捏造の“痕跡”が次々と見つかり、対策を講じる動きが加速。しかし専門家らは、その背景に広がる中国社会の過酷な“チキンレース”の是正が進まないかぎり「問題根絶は不可能」と警鐘を鳴らす。

 本当は実験などしていないのに、あたかも検証してデータが得られたかのように装い、学術誌に論文として投稿する――。こういった手口で偽造や捏造された「中国発」の論文の存在に注目が集まっている。

「今春、英経済紙『フィナンシャル・タイムズ(FT)』などが報じたもので、中国人研究者による不正な論文が大量生産されている疑惑に焦点を当て、偽造された論文を量産する中国の“論文工場”の存在も指摘。いまや科学研究分野において中国の論文発表数はアメリカに次ぐ2位となり、昨年には論文引用数で初めてアメリカを上回った。そのため欧州の科学界を中心に重大な懸念が示されています」(全国紙外信部記者)

 不正の手口として、仮説を証明するエビデンスの画像データをデジタル操作したり、別の実験に使われた画像の色彩や抽出部分を変えて使い回すなどといったケースが報告されているという。

 不正横行の背景として指摘されるのが、中国の行き過ぎた競争社会だ。医師や研究者らは論文を発表することが昇進に繋がるだけでなく、ノルマと化して「質より量」が重視される傾向にあるという。

大卒・院卒でも就職困難
「論文工場」とは、論文の代理作成を請け負う専門業者のことで、1本につき数万~数十万円の報酬で代筆を受注しているという。

「米国の調査チームによると、2020年以降、世界で10を超える論文工場と2000本以上の捏造論文が発見されたといい、その中心地が中国とされます。論文工場を利用するのは、論文掲載数が評価に直結する大学の研究者や病院勤務の医師など。特に多忙を極め、論文を書く時間もない臨床医などを筆頭にカネを払って論文作成を外注するケースが後を絶たないと伝えられます」(同)

 前出のFT紙では最も多く不正論文を生み出している大学として吉林大学の名が挙がるが、中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵氏がこう話す。

「吉林大学は中国の大学ランキングでも常に上位に入る、中国教育部直属の“国家重点大学”です。研究分野によっても違ってきますが、論文発表のノルマは過酷とも聞き、切羽詰まっている研究者などが多いのは事実でしょう。もともと科挙のお国柄ゆえ、中国では『学歴』が非常に重視され、大卒や院卒などの高学歴化が急速に進んでいます。実際、修士・博士はゴマンといますが、名門とされる北京大学や清華大学などで博士課程を修了しても、研究者としてどこかの大学ですぐに職を得るのは難しく、さらにキャリアに箔を付けるため、欧米の一流大学への海外留学も当たり前になっています」

 それでもポスト募集のタイミングと合わなければ、帰国して就職することは困難という。

「スナイパー」と呼ばれる代筆者
 有名大学を出ても「いい仕事」にありつける確率は低く、運よく大学や病院などの高給職を得ようものなら、そのポストを手放すまいと誰もが必死な状況という。そのため仕事のプレッシャーやライバルとの足の引っ張り合いなどから、心身を病み「うつ」になるエリート中国人も増えているそうだ。

 実は中国国内でも「不正論文」の横行は以前から問題視され、18年には党中央が論文などの代理・代筆投稿を禁ずる方針を発表。中国問題に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聡氏が補足する。

「不正論文が問題化する前には、大学入試における不正が横行し、社会問題化しました。当時、入試の答案などを代筆する者は“スナイパー”と呼ばれ、頭はいいが貧乏な大学生や医者の卵などを業者がリクルートして代筆させていた。しかし習近平政権になってから、入試不正が社会の安寧を脅かしかねないとして、取り締まりを強化。以降、入試現場での不正行為は激減した経緯があります」

 今回の論文問題でも、習政権が同様の強権措置を取る可能性も囁かれているという。

「ただし“上”から力ずくで押さえつけても、中国の熾烈な競争社会という“根っこ”の部分を変えないかぎり、一掃するのは難しいでしょう。不正入試の時には“告発されれば必ず捕まる”という状況をつくりだし、悪徳業者などを駆逐した。しかし今後は摘発を逃れるため、人間の手による代筆から“ChatGPTを駆使した不正へとシフト”するとの観測が早くも流れています」(富坂氏)

“イタチごっこ”は終わらない。

デイリー新潮編集部
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