夏休みに入ると、全国各地でいろいろな大会やイベントが開催される。

しかも国内だけでなく、ヨーロッパ選手権のような、国際的な大会も行われ、世界中から将棋ファンが集う大会もある。

最初私は、これに出かけるつもりで航空券も取っていたのだが、順位戦の日程が出るのが遅く、
対局とかぶってしまったので急遽(きゅうきょ)、7月28、29日に上海で行われた
「第6回日中友好杏林堂杯将棋青少年大会」の方に切り替えた。

中国は今や、外国では一番多くの将棋ファンのいる国となっている。
その礎を作ったのは、北京の李民生さんと、今回上海で大会を仕切る許建東さんだ。
李さんは日本の外務大臣表彰を受けたし、許さんは上海で100万人の将棋ファンを作ったといわれている。

今や上海で将棋は、学校の正規の授業として取り入れられていると聞く。手伝いのスタッフの中には13年前、
上海で棋王戦が行われたときの前夜祭で「うちの学校には畳の将棋ルームがある」と言っていた女性の校長先生もいた。

この大会は名誉会長(渥美雅之氏、連盟理事経験者)が大変な将棋ファンである、ドラッグストアの杏林堂を協賛に得て、
中国各地や日本を持ち回りに行われている。

今回はビザ取得が大変だったため、日本人は中国に住んでいる子だけだったが、
中国国内からは東北地方の瀋陽、西南部の重慶、成都など、遠くからの参加者もあった。

大会は幼少の部(どうぶつしょうぎ)、少年組、青少年組などに分かれれて行われたが、
上海の子が圧倒的に強く、ほとんどのクラスで上位を独占した。

ただし最終日の無差別の最強者決定戦では、北京の人が優勝して、
李さんも新幹線で4時間半かけてきた甲斐があったようだった。

今回将棋連盟から来た棋士は、私の他には所司和晴七段で、彼は上海には30回以上来ているとのこと。
その縁もありこの8月、奨励会試験を受ける陳一廷君の師匠となった。

以前も上海から奨励会に入った子はいたが、学校生活と将棋の両立は難しかったか、あまり上がれずに退会していった。
中国からもし棋士が誕生したら、大変な話題になるかと思う。期待したい。

この大会では、NPO法人「将棋を世界に広める会」のメンバーに、大変お世話になった。この場を借りてお礼を申し上げたい。

■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

夕刊フジ 2023.8/6 10:00
https://www.zakzak.co.jp/article/20230806-4RYGJMFH6JODHHUKVTQT3PDMSM/