ー前略ー
そんなときに現れたマオ君(当時24才)は異質だったの。

 記事を作るのに英語の翻訳者が必要になったけど、うちの事務所にはその予算がない。それをライター仲間に話したら、
「優秀な人がいるよ」と紹介してくれたのが若くてハンサムで流暢な日本語を話す彼だったの。
彼は中国の大学で経済を学び、アメリカで株の売買をする仕事に就く前に、日本で足慣らしをするんだという。
そんな彼から「音楽は好きですか? ぼくの部屋にバイオリンを聴きに来ませんか」とディーン・フジオカばりの顔で言われてごらんなさいな。
そりゃあ行くわよ。

 それから一緒にコンサートに行き、食事に誘い、まあ、むにゃむにゃなことに発展したんだけど、
ここまできてどうしても彼のクセが鼻に付き出したんだよね。それは彼が部屋の中を動き回るとき、四つん這いで移動することなの。
「ちょっとこれ見て」と本やモノを私に見せようとするたびに腰を高く上げて四つん這い。

「何でそんな動き方をするの?」と聞くと、「何が?」とまったく理解できない様子なんだわ。
きっとそれから私はたびたびイヤな顔をしたんだと思う。半年もたたないうちに別のことでケンカ別れよ。

 それから数年たって、私は弁当店でパートをすることになり、そこの中国人グループの中で飛びぬけて日本語の上手なテイさんから、
日本に来たのは天安門事件がきっかけだった、という話を青豆や福神漬けを詰めながら聞いたのよ。
それで「あの天安門事件をどう思っているの?」と尋ねたわけ。その答えが意外だったんだわ。

 私はてっきり自国に対して恨みがましい思いがあると思っていたのよね。
ところがテイさんは、あきらめたような顔で私を見て、「日本にいたら中国のことはわからないよ。日本人には理解できないと思う」と言うの。
私のミスをさりげなくフォローしてくれるいつものテイさんとはまったく別の厳しい表情で。

 よその国のことをわかったようなつもりになるもんじゃないなと、そのとき思ったんだよね。なのにそれから10年後、またやらかしたんだわ。

“乗り鉄”の私は、鉄仲間と香港から上海まで寝台特急列車で旅をしたのね。
上海には鉄仲間の知人が駐在していて、便宜を図ってくれるという。

 パリやローマでも駐在員と食事をすることが何度かあったので、同じような感じかとお気楽に約束の店に行ったら、
挨拶もそこそこに彼の顔が引きつり出したんだわ。それだけじゃない。「そういうことは言わないでください」と小声で制止されたのよ。
私は当たり障りのない上海の印象を話したつもりだったんだけど、それがダメだって。
いまでもあのときの地雷が何だったのかはわからないけれど、ひとつだけわかったことがあるの。
それはよその国の事情はわからないということ。そんな話を世界70か国以上を旅している知人に話したら、
「当たり前です。大勢の人がいるところでどんなことを言っても問題にならないのは日本くらいですから」だって。

 とはいえ、冒頭のニュースで「それはないない」と断固否定できることがひとつだけある。
それは中国人女性が日本製の化粧品を手放すことはないということ。
数年前、パリの2段ベッドが並ぶ安宿に泊まったら、中国から来た若い女性から日本製の化粧品がどれほど優れているか、
中国人の肌に合うかを英語で力説されたことがあるの。彼女の英語は半分もわからなかったけれど、
「しせーどー」と言うときの舌で転がすような口ぶりは、しかと脳裏に刻み込まれちゃった。
きれいになりたいという女心にお国柄も何もないんだよね。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子・・・

全文はソースから
NEWSポストセブン 9/9(土) 16:15配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/aebf9f689fc371cb5c0909d0448fcfc9fd5d8e44?page=1