1980年代、かつて日本人の貧乏旅行者たちが売春と麻薬に溺れた街、バンコクのチャイナタウン「ヤワラー」。
2024年現在でも売春は色濃く残っているものの、麻薬中毒者の日本人の姿を見かけることはまったくない。
そもそも安宿街の機能はとっくにカオサン通りへと移っており、そのカオサン通りですら
オシャレなフォトジェニックスポットのようになっているありさまだ。

16年、バンコクのチャイナタウンを訪れた私は、そんなヤワラーで売春と麻薬であふれていた30年前の残骸を探し、
街をさまよっていた。

「ジュライロータリー」付近の路地に椅子を出して座っている風俗嬢たちの顔もなんとなく覚えてきた。
1980年代、日本人旅行者たちが多く棲(す)みついていたジュライホテルに「ポンちゃん」という有名な風俗嬢がいたという。
当時のヤワラーを描いた作品や記述によれば、ポンちゃん自身も麻薬中毒者であり、エイズに侵され、
97年の春に28歳で亡くなったそうだ。

そんな「悲劇」を探しているわけではないが、今でも客に慕われる有名な風俗嬢はいるのではないかと
私は彼女たちにひたすら話しかけた。
しかし、返ってくるのは「400バーツ」(2016年のレートで約1500円)という言葉だけ。
実際に買春客として親密な関係にならないことには彼女たちの事情をうかがい知ることはできないようだったが、
ポンちゃんの死因を知っていると、その勇気は出なかった。

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そうしてヤワラーを徘徊しているときに見つけたのが、「shadow inn」という1泊100バーツ(同約300円)の
ゲストハウスである。いくらバンコクとはいえ、周りの相場と比べてみてもあまりにも安すぎる。
もしかすると、いまだにヤワラーに沈没する日本人がいるのではないか…。
私はさっそく「shadow inn」に泊まってみることにした。

案内されたドミトリールームにあったのは、およそ宿泊施設とは思えないほど貧相で年季の入った2段ベッドたち。
寝床の数だけある貴重品用のロッカーは軒並み石か何かで破壊しようとした形跡が残っている。
重苦しい雰囲気を感じ、換気をしようと窓を開けると、ベランダに何やら黒い塊がこびりついている。
近くにあった棒でつついてみると、それはミイラ化した鳩の死骸であった。

「shadow inn」には個室もいくつかあるようだったが、見るからに誰も泊まっていない様子である。
ベッドの上でひと息ついていると、ドミトリールームの中にある扉の向こうから、
「フフッ、ウフッ」とせせり笑う男の声が聞こえてきた。
少し開いた扉の隙間からのぞいてみると、そこには部屋の真ん中にポツンと置かれた椅子にやせ細った白人が1人、座っていた。
■國友公司

2024.1/12 11:00
https://www.zakzak.co.jp/article/20240112-3N2HCELNPNNQ5JM5F4BFLZ4OQA/