・初九里 (ういくり)
T県A村でかつて行われていた、九里(一里=約4km)の決められたコースを駆ける早さを競う奇祭。

・恵守爺(えすじい)
初九里勝者に贈られる小さな老人の木彫り像。家を守り恵みをもたらすとされ金銭の代わりともなるため、貧しい時代は死に物狂いで争奪戦が繰り広げられた。

・麻黒(まくろ)
T県A村の村人が好んで使用した生薬。韋駄天の如き早さになるが、大麻を中心とした一種の興奮剤のため中毒性が強く、脳の活動を鈍らせ排他的になるなど深刻な副作用がある。

・歯隙(はすき)
麻黒を使い過ぎた者は歯もボロボロになり決まって醜い容姿をしていたが
彼らは初九里については無類の強さを誇り、T県A村の村人のなかでは歯隙(はすき)と呼ばれむしろ讃えられた。

・李崙地(りろんち)
歯隙たちが用いる麻黒の秘伝を伝えた中国の薬師。効果の高い麻黒は門外不出、絶対の秘薬とされていた。

・壱衣(いちい)
ある時初九里に湧く村に現れた旅の僧で、麻黒を用いている村人や歯隙をも抜き去り初九里を制した。
村人は自分たちが知らない者だからと壱衣に負けたことを決して認めなかったが、 村の外に伝わる話によれば壱衣はひと山にこもって研鑽を怠った村人と違い、全国津々浦々、妖怪退治をしながら野を駆け山を駆けあらゆる困難な道を走り続けてきた修験者であったと言う。

・江地飛(えじひ)
江戸の地を駆ける速さを競う大会。

・愚情文(ぐじょうぶん)
文献内においては、壱衣が酒井之上に江地飛への参加をすすめられたきっかけが『韋駄天揃いの村人を初九里で抜き去ったこと』であったと知り怒った村人たちが酒井之上へ送りつけた、壱衣への不服や悪評をあることないこと書き連ねた文。

・追田(ついた)
当時は瀬河付近にあった集落。怒ったT県A村の村人たちが追田や周囲の村へ無差別に愚情文をばら撒いた。

・赤判(あかばん)
年貢を納めない村や重罪を犯した村に付けられる印で、非常に不名誉なこととされる。

・酒井之上臼氏(さかいのかみうすし)
瀬河の地を治める領主で、壱衣をたいそう贔屓にしており、自らの領地に立ち寄った際に「ぜひに屋敷へ」と招き入れてもてなし江地飛への参加をすすめたものの丁重に断られたが、この事をT県A村の村人達が知り、壱衣への嫌がらせを招くこととなってしまう。
T県A村の村人たちの振る舞いにハゲしく怒った酒井之上は村をあげての嫌がらせを「腹より酸い物がわきあがるのを免れぬ、心底吐き気をもよおす嫌がらせ」――すなわち腹酸免吐(はらすめんと)である――と評し、T県A村に対し地図に赤判を押した。