ハイデガーがカントから借用して使った命題に〈有はレアールな述語ではな
い〉があります。言い直せば〈「有る」は実在を表す述語ではない〉。では何
を表すのかといえば、〈世界〉つまり、現代使われている〈有るもの〉ではな
く、〈自己の生による世界措定〉だといえる。必ずしもそこで実在の証明が
為されていくということではない。
 たとえば映画『タイタニック』で自分を助けるために沈む舟に残った恋人
の面影を女は恋人の死後長い時がたっても夢見ている。先の命題の意味が
典型的に表されたものだと思えるわけです。そこで、〈有るのか、ないのか〉
という問いが実在を問うものとすれば、その問いそのものが存在問題として
はさほどリアリティを持たないものになる。有が夢や引っかかりや心や願望
やを含みこむものだとしたらそうなる。で、実際、人間にとっての有はそうゆ
うものなわけだから。で、池田さんの提示していた存在問題とのもっとも
明白な差異がそこであったと思います。想いといってもよいし、夢といって
もよいし、記憶といってもよいし。そこでは存在は乾いた場所ではない、
血のめぐる場所になる。ように見えるんですけどね。