ああすいませんね。
ちょっと大仕事があって、このスレにもなかなかカキコする時間がなくなりそう
なんですよ。

 まあ、批判なのか侮蔑なのかすれすれの論致もこの際、面倒くさいから問わないことにしましょう。
問題は、彼女のバックボーン、と引っかかるもの≒功績、ですね。

 バックボーンについては、一言で言えば、彼女は小林秀雄を通して、彼が向き合った
本居宣長はじめ「もののあはれ」に通じてるんですが、まあ、これは「ヘウレーカ!」
を実感したことのない方には言ってもしょうがないですね。
 それでも知りたければ、それなりの礼節をもって議論吹っかけて下さいな。

 引っかかるもの、については、西洋哲学史を概論、と言ってる時点でむべなるかな、ですが、
たとえば、デカルトの「コギト・エルゴ・スム」の訳が実は「思う、故に、在り」で、
通例の訳、「我、思う、故に我在り」の「我」(=エゴ)が抜けている・・とかいった指摘の過激
さとかがわかってないんじゃ、ちょっと話にならないです。
 ほかにも、ニーチェの万華鏡にせよ、哲学史に突如として生え出たキノコ・ウィトゲンシュタイン、
とかの表現の妙ももうちょっと楽しんではいかがでしょうか?

 何度も言ってますが、ニヒリズムの克服を求めた埴谷の先で「死ねる神が神であるわけない。」
と言うに至った彼女の功績って現状のスピリチュアル・ブームの中ではぼやかされ忘れられてます
けど、それが言われた時期を考えるとほんとにほんとに凄いものなんですよ?