http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072701514.html
法と掟と  
[著]宮崎学
[評者]柄谷行人(哲学者)

■日本社会の「正体」を問う痛快な試み

 本書の定義によれば、掟とは個別社会の規範である。「個別社会」は家族、村、労働組合、
同業者組合、経済団体といった基礎的な集団であるが、著者はそれを「仲間内」と呼ぶ。
そこには、相互扶助(互酬)的であるとともに内部で共有する規範がある。それが「掟」である。
一方、「全体社会」は国民国家のように抽象的な集団であり、そこで共有される規範が「法」
である。
 通常、社会は、個別社会の掟で運営されており、掟ではカバーできないときに法が出てくる。
ところが日本社会では、そういう関係が成り立たない。掟をもった自治的な個別社会が希薄で
あるからだ。著者によれば、その原因は、日本が明治以後、封建時代にあった自治的な個別
社会を全面的に解体し、人々をすべて「全体社会」に吸収することによって、急速な近代化を
とげたことにある。

 日本は自治的な個別社会を解体したために、国民国家と産業資本主義の急激な形成に成功し
たが、それは、今やグローバル化の中で通用しなくなっている。それに対して、中国では個別
社会――幇(バン)や親族組織――が強く、それが国民(ネーション)の形成を妨げてきた。
しかし、逆に、今日のグローバル化において、国境を超えた個別社会のネットワークが強みとな
っている。
 著者は、若い人たちに個別社会の形成をすすめている。そのためには個々人が「世間」の
規範から出なければならない。