日本の批評・哲学総合スレ [無断転載禁止]©2ch.net
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x≦圭圭テ´:::;;;;::`'寺圭ミ7、
. /::`Y圭圭ア:::::::::彡''"ヾ:::::::::::::`ト、
i:::ト、:Vエア:::::::::::::::ミ-=・=-ミ;;彡'':::: ミ:i やはり若い娘の野ションだよ
{:::i〈i:::}l/:::::::::::::::::::::::::=彡仆iミ::::::-=・=-
‘;:V::::/::::::::::::::::::::::::::::::::::{i::::::|!:::::::::彡イ
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ゞ干ミ} : / _J_ 丶 /'
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ヽ._):.:.、 ,. ' l どんがあ
トi、ヾ:.. 、 _,. - ' |
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/::::::::::丶、 `丶、 丶 | rゝ、 この板ではサブカルよりも政治の話題の方が人気がある 磯部涼の『踊ってはいけない国』は面白かった。
豪華なメンツで、時代の空気感がうまく捉えられている。
モーリー・ロバートソン
「『ホール・アース・カタログ』を出したスチュアート・ブランドが、
その後いろんな考えを深めていくうちに、原発推進者になりました。」
なんというコペ転…。 SEALDsが活動中には、一度も選挙に勝てなかったのに、
SEALDsが解散した途端、脱原発派が勝った。 バリケードが必要な所もあるだろうが、
あるからこそだ。 みたぞの当選ってシールズ解散前じゃないの
便所の落書きでもググるぐらいはしてから書けば? 問題は、68年の思想が反省されないまま
運動だけが焼き直されて終わったということ。
音楽
68年:フリージャズ
今回:ラップ、ヒップホップ
デモ
68年:デモ+〜喫茶
今回:デモ+SNS
理論
68年:68年の思想
今回:68年の思想が反省されないまま反復 15年〜16年は、国内でも重要な本が多く書かれたが、
この板の人達も、毎日コピペに明け暮れて、
反省を織り込むまでには至らなかった。 レトリカルな定式化に淫して図式を優先させるのは哲学徒だろうと信用できない
定式化したがる観念論こそ哲学は警戒反省すべき >>65
では、SEALDsやその周辺の運動はどういうものだったの?
模範解答を示してもらえる? 別に語るほどの内容は無かったと思いますね。
私は最近は哲学書はあまり読まず「黒部の山賊」や「道迷い遭難」を読んでいます。
哲学者評論の類は思想哲学としてはレベルが低い分野だと思います。
評論という時点で哲学してないわけですから。
by 鼎 梯仁 Y! .... !:::::≧===、 _::;__ノ__ --、!
__V!=====、_,ィ´ ___ i!--───‐ヽ / /` 、!
Y=={、──ァi! ̄、ョ ´¨ ̄-ィ・|| U | ! {-、 | |
. 八 ノ ´ ̄ ノu \__ ノ u u.ゝ'、__ノノ |
ゝ ──イr' - u^ヽ. ´ /j 毎日独語仏語原初と格闘してんのに哲学捨てた奴扱いされちまった 外国語で原書をやる能力と、哲学の能力は別問題
努力と才能も別 で、万国の極左が結集するこの板で、
SEALDs支持の意見は一つもないの!? sealdsは支持するしないよりも触発されるかされないかだろ。
心の中でただ支持するだけではどうしようもない。 そもそも共産党やシールズは思想哲学分野とは対極の人たちだと思うんですよね。
全てが動物的センチメンタリズムに基づいていると言いましょうか。
もっとも私も専門スレを立ててユニークな独自思想を展開しておりますが、
今のところ反響はさっぱりで蟠渓で釣り糸を垂らす太公望呂尚の心境です。
左翼思想よりシグマ思想の方が余程、面白いと思うのですが如何でしょうか?
by 鼎 梯仁 >>73
それは受け手の態度の話でしょ?
SEALDsの話がない。 >>75
権力主義ではなく権威主義というのだと思います。
手前味噌ですが私は今どき珍しいどの派閥にも属さない本格的な思想家なのですが、
ちょうど専門スレの第一章が佳境を迎えておりますので、
よろしければ下記のスレの>>900以降あたりをチェックして頂ければと思います。
それで興味が湧いたら>>1から読んでみる感じです。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/philo/1443715777/l50
>>78
知識は労力の対価なのかも知れませんが、知性は労力の対価ではないのです。
ですので知識が権力になったりはしませんし、そのような事実もないと思います。
by 鼎 梯仁 オキュパイ・ウォールストリートは、
「1%の富裕層とその他99%」というスローガンを作ったのが上手かった。
運動が終わってからも引用されることが多い。
その点、SEALDsは「アベ政治を許さない」、「安倍やめろ」、
ぐらいしか思い出せない。 国会前はよく集まったと思うけど、
日本は雨が降りやすいから、ヨーロッパや中東の様な
規模のものは難しいだろう。 いずれにしても、参院選の結果、
改憲勢力が自社さ政権や小泉ブームを上回わっている状況。 官僚が自民党にしか忠誠誓わない国なんだから、
反対派が現状のようになるのはある程度しかたないっしょ
ここ認めないとただのシニシズムになるわ 中国共産党と人民解放軍すなわち「党の軍隊」みたいな関係とほぼ一緒の関係が、
自衛隊や警察と自民の間にもある
たかが民進党程度の保守系リベラルですら「反日」と思い込む扇動に乗せられる馬鹿が多いんだから 政治には右と左どちらの役割も必要だし、
その両方が同時にあって機能するもの。 "1968年"関連
<日本>
『1968 (思想読本)』 絓秀実 (2005) [運動、グローバル]
『グローバル・ヒストリーとしての「1968年」』 西田 慎 (2015) [運動、グローバル]
『「1968年」時代転換の起点』 岡本 宏 (1995) [運動、グローバル]
『1968 上・下』 小熊 英二 (2009) [運動、大学別闘争]
『1968年文化論』 四方田 犬彦 (2010) [文化]
『1968年』 毎日新聞社 (1998) [報道写真、グローバル、ムック]
『新左翼とは何だったのか』 荒 岱介 (2008) [新左翼]
『新左翼の遺産 ニューレフトからポストモダンへ』 大嶽 秀夫 (2007) [新左翼]
<フランス>
『1968年の世界史』 アラン・バディウ (2009) [運動、グローバル]
『68年の思想 現代の反-人間主義への批判』 リュック・フェリー (1998) [思想]
『サムライたち』 ジュリア・クリステヴァ (1992) [思想]
『1968パリに吹いた「東風」』 リチャード・ウォーリン (2014) [思想、マオイズム]
『フランス現代思想 : 一九六八年以降 』 キース・リーダー (1994) [思想]
『68年5月』 ローラン・ジョフラン (2015) [運動]
『パリ五月革命私論 転換点としての68年』 西川 長夫 (2011) [運動]
『パリ五月革命と日本人留学生』 舩岡 末利 (2008) [運動]
<ドイツ>
『1968年 反乱のグローバリズム』 ノルベルト・フライ (2012) [運動、グローバル]
『ユートピアの終焉 過剰・抑圧・暴力』 ヘルベルト・マルクーゼ (2016) [理論]
『ドイツを変えた68年運動』 井関 正久 (2005) [運動]
<南北アメリカ>
『反システム運動』 I・ウォーラースティン (1998) [理論]
『キング牧師とマルコムX』 上坂 昇 (1994) [運動]
『ラテンアメリカ1968年論』 小倉 英敬 (2015) [運動] 『サムライたち』には「構築破壊(コンデストリュクシオン)」を掲げる"サイダ"が出てくる。 「68年の思想を反省する」というのは、
少なくともデリダやクリステヴァの問題点や限界を超えて
その先へ行くこと。 今時、新書で読む現代思想の入門書にも「デリダ以後」とある。 >>63
火気類
68年:火炎瓶
今回:極左スレ炎上(後コーヒーによって鎮火) 韓国は2週連続で数十万規模のデモを行った。
米大統領選の直後で、
韓国の国家的行事ともいえる受験シーズンにあたる。
大統領支持率は過去最低で、デモの規模は史上最大。
与党を追い込んだ形の、よく計算されたデモだと思う。 具体的な事実に合わせて定義を作ってはいけないなんてルールはありません。
単にそのような定義は、他の具体的事例に合わなくなって、その定義の有用性
が失われるだけのことです。 やってはいけないのは、定義に合わせて具体的な事実を恣意的に取捨選択する
ことや、具体的な事実を作り上げることです。 定義がどうの、事実がどうのという以前に思考の訓練ができていない感じです。 ところで、ユダヤ教徒に改宗したトランプの娘は、ユダヤ人なのでしょうか。
その子供はユダヤ人なのでしょうか。ネタニヤフのつるんでいるといわれて
きたブライバート・ニュースのバノンは、白人至上主義の反ユダヤ主義者
なのですか?イスラエル国内でも、エリートは欧州から移民したユダヤ教徒
の子孫ばかりで、中東のユダヤ教徒、ミズラヒムの地位はとても低いという
話ですが、これは「ユダヤ人差別」の一形態なのでしょうか。 「ユダヤ人」および「ユダヤ系○○人」の定義を教えてください。 モーリス・ヴァレンシー 『恋愛礼賛―中世・ルネサンスにおける愛の形』 東浩紀、「批評という病」=言葉と現実の不一致『ゲンロン4』。 東は柄谷のアメリカでの経験を踏まえて、日本の批評を上記の如く説明しているが、
アメリカの方が知識層とそうでない層、現実との隔絶が激しいんじゃないかと思ってみたり。 ゲンロン4を短くまとめると何が書いてあるの?
twitter見てても具体的な感想はほとんどないよね 一応離れた客を呼び込もうとして共同体にしようとしているみたいだけどね。
東浩紀と浅田彰との対談目当てで自分は買った。 ゲンロン4 現代日本の批評III - 2016/12/7
昭和から平成の言論史を徹底総括、批評を未来に開く
「現代日本の批評」ついに完結!
【特集:現代日本の批評III】
創刊号に始まる「現代日本の批評」の完結編。
共同討議では東浩紀・市川真人・大澤聡・佐々木敦・さやわかが、2001-2016年の批評史を一挙に総括。
批評とネットの現代史を網羅した折込年表は過去最大のボリューム!
浅田彰への4万字インタビューでは、その個人史と戦後日本社会の歩みが重ね合わされる。
杉田俊介、五野井郁夫、ジョ・ヨンイルの論考も必読。21世紀の批評はこれを読まずして語れない!
【特別掲載/充実の連載陣】
巻頭は山口二郎・津田大介・東浩紀の「リベラルは再起動するか」。参院選・都知事選の結果を踏まえ、リベラル復活の条件を問う。
黒瀬陽平、速水健朗、井出明らの評論に加え、タイ文学界のカリスマプラープダー・ユンの随筆が連載開始。
海猫沢めろんの小説、国際色豊かなコラムなど連載陣も充実! 京大の「同学会」と書くべきところを「同好会」と書いている部分があるな。 佐々木敦がオタクと文化左翼を類似したものと見るのは
まあまあ当たってるのかもしれん。 佐々木敦
それは仕方のないことだとも思う。でも僕はどうにも苦手なのだ。
どれだけ居心地が良くても、友だちの友だちしか居ない世界、知り合いの知り合いしか見当たらない世界はやはり嫌なのだ。
コミュニケーションとコミットメントよりも、ディスコミュニケーションとアイソレーションに与したくなってしまう。
シェンロン 🐉
佐々木敦のケンカをしない力を見習いたい。「ケンカをしない力」という新書を書いて欲しいくらい。
帯文は「なぜ僕はxxxらと付き合ってこれたか」でそうそうたる布陣の名が
こややし
ゲンロン4現代日本の批評における基調報告、佐々木敦「ニッポンの文化左翼」って、東浩紀の巻頭言「批評という病」への批判になっている。
そこで求められている批評の読者=観客というのが、
実は「徹底的な肯定であり、ファンコミュニティの強化と、そのひたすらな確認」を求められているという点で。
6 Dec 2016 浅田彰4万字インタビュー
「マルクスから(ゴルバチョフを経て)カントへ ― 戦後啓蒙の果てに」
聞き手:東浩紀 浅田彰がペレストロイカのことをデリダを踏まえて
上部構造からの脱構築=リビルディングと言っていたのは新鮮だった。 90年代の流れを振り返って、
「事件が起こるたびに社会学者や心理学者が競って発言し、
社会全体の病理を象徴するような過剰な意味をそこに読み込んで騒ぎ立てる。
この盛り上がりはいったいなんなのか。
マルクス主義的な下部構造決定論に回帰するのではないにせよ、
やはり経済や政治の問題のほうがはるかに重要ではないのか。
この考えはいまも変わりません。」
とも言っている。 個人的にはマルクスも大事だけど、それ以前の流れがかなり重要だと思うので、
今年復刊されたフォイエルバッハの『キリスト教の本質』をいま読んでいる。
マルクスは『ユダヤ人問題によせて』を書いているから、
それの理解に役立つ気がする。 ユダヤ人が言うことは話半分に聞いとくべき
言ってることと考えてることは別だから そのリンク先を読んだ
マルクスの同族批判は学説的に通説なの? ユダヤ人を批判しないやつはむしろどうかしている
しかしマルクスは、詐欺師だ! しかし批評を壊した張本人の東が
批評再生とかマッチポンプすぎて笑っちゃうな
どんな文化でもそうだけど
ある文化を保護しているのは自意識が低く保守的な人たち(大澤信亮ら)
それは古くて退屈なんだけど価値があり結果的に残っていく
それを破壊するのは小利口な奴(東浩紀)
退屈でつまらないことと自意識を発動させていじり出す(美少女ゲーム批評)
時間が経ってより利口になりやっとその価値を理解し出すが
その頃にはもうその文化の持つ価値が失われてるというね 東先生が批評のハードルを下げたせいで
本来なら批評家を名乗るべきではないレベルの低い生徒たちが
ぞくぞくと飛び越えてきましたとさ ゲンロン出版部
http://genron-tomonokai.tumblr.com/
2016年12月13日配信 [友の会メールvol.244] 速水健朗が紹介していた「北海道独立論」は新鮮だった。 >>121
そこで比較されているは、
・エリツィンの「ディストラクション(破壊)」と
・ゴルバチョフの「リビルディング(建て直し)」(=ディコンストラクション(脱構築))
デリダの説明によると、脱構築は、絶滅や無に帰せしめることではなく、
解体し組み立てることを意図したもので、「解体」と「構築」二つの側面を持っている。 >>122
脱構築の元はハイデガーの解体だし、その前はルター。
デリダの脱構築(déconstruction)→ハイデガーの解体(Destruktion)→ルターの解体(destruere)
ジャン=リュック・ナンシーの「キリスト教的西洋の脱構築」とかもある。 シュンペーターの「創造的破壊」対しては、
古代インドにもブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァという宇宙の「創造、維持、破壊」モデルがある。 その他にも、二重に抹消を重ねる様な脱構築モデルがいくつかあるし。 難解な書物を読み解くために、入門書は役に立たないことが多い。
まさに問題になっている難解な箇所を回避することによってこそ、
分かりやすい入門書になっていることが多いからだ。難解な書物を読み解くための最大の鍵は、
その難解な書物自体の中にあるという根本原則から目を逸らさないことが重要だ。
https://twitter.com/201yos1/status/812847863508045824?lang=ja 建設的野党という場合には、そこに解体と構築が認められるが、
破壊や転覆だけがあって構築がないものはテロルに近い。
極左はどうか。 Religion and Nothingness (Nanzan Studies in Religion and Culture) Reprint Edition
by Keiji Nishitani (Author), Jan Van Bragt (Translator, Introduction), Winston L. King (Foreword)
https://www.amazon.com/Religion-Nothingness-Nanzan-Studies-Culture/dp/0520049462 現代思想の転換2017: 知のエッジをめぐる五つの対話
篠原 雅武 (編集)
出版社: 人文書院 (2017/1/25)
中村隆之 「読むこと、書くこと、提示し続けること」
小泉義之 「いまほど面白い時代はない」
藤原辰史 「対抗するテクノロジーの発明」
千葉雅也 「ナマコとヤドカリ」
ティモシー・モートン 「世界には穴が空いている」 『ゲンロン0 観光客の哲学』 - 2017/4/8
東 浩紀 (著)
否定神学的マルチチュードから郵便的マルチチュードへ――。
ナショナリズムが猛威を振るい、グローバリズムが世界を覆う時代、新しい政治思想の足がかりはどこにあるのか。
ルソー、ローティ、ネグリ、ドストエフスキー、ネットワーク理論を自在に横断し、ヘーゲルのパラダイムを乗り越える。
著者20年の集大成、東思想の新展開を告げる渾身の書き下ろし新著。 とりあえずアドレスを貼るのみで、当スレからは立ち去りますが、
もし興味ある方は読まれて下さい。
『救済的真理の伝達・証明』
《神・転生の存在の科学的証明》
http://message21.web.fc2.com/index.htm 大澤真幸 『可能なる革命』 (2016)
大澤真幸 『日本史のなぞ なぜこの国で一度だけ革命が成功したのか』 (2016) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています