>>100
人生を楽しみたいとか、もっと楽しむためにはどうすれば良いかとか言うけど、
そんなものは、恐怖を味わってないから言えるんだよ。
ものすごく人生を楽しんでいて、もっと人生を楽しむにはどうすれば良いかなんて考えていても、
例えば、鋼鉄でできた密室に閉じ込められ、そこに、成獣のチンパンジー100匹ブチ込まれたら、
ただただ恐怖に感じるだけで、それ以外のことなんて考えられなくなるだろ。
これは極端すぎる話だけど、要するに、生きてる(=つまり「有」)以上は必ず何らかの恐怖や痛みや苦しみがあるわけだ。
人生を楽しんでいる人でも、それは、単に恐怖に感じるような経験をしたことがないから、
人生を楽しめていたり、もっと楽しむにはどうすれば良いかなどを考える余裕があるだけであって、
恐怖のどん底に陥れられるような経験をしまくれば、絶対、「どうすれば恐怖や痛みや苦しみから解放されることができるのか?」
について考えるようになるだろう。
もっと言うと、人間には想像力があるから、わざわざそんな「経験」をしなくても、
そのような怖い想像をしただけで、恐怖に感じ、それで精神を病み、苦しむだろう。
(まさに今自分がその状態ですw)
つまり、人生をもっと楽しむにはどうすれば良いかなんてことを考えるのは、
全然重要ではないのです。
最も根源的で重要かつ重大な課題はやはり、「恐怖や痛みや苦しみから解放されるにはどうすれば良いか?」
ということでしょう。
よって、それについて考える学問があるとしたらやる意味も価値もあると思うのですが、
それ以外の学問はまったくとは言えないでしょうけど、ほとんど意味が無いのではないでしょうか?