決定論「未来は決まっている」
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全人類「マジかよやる気無くしたわ」
人類は滅亡するのであった… それ決定論が未来変えてるってことは未来決まってなくない? 決定論をどうやって検証するのか。
そもそも「決定論」は「現象」として捉えられるものなのか。
量子論から考えれば、「不確定性」によって「決定論」は不確定性を有するのだw
「決定論」とは「可能性」のどれかに着地する、ということ以上のものではない。
これは、「過去」が可能性として複数考えられる場合でも、「過去」はひとつしかない(はずだ)、というのが「決定論」であって、「はずだ」という程度のものでしかないことを意味する。
すなわち、「決定論」とは、未来においても多世界ではないという「解釈」にひとつにすぎないw
そう考えるとおもしろい。 普通に解釈の問題やで
未来は完全には予測できないけどなんか前提条件に対する法則みたいなものはあるっぽいよね?っていう状況を
ランダムと見るのか決定されてると見るのかっていうだけの話
コップ半分の水が半分もあるのか半分しかないのかっていうあれとまるで一緒 どうも、「に」と書くべきところを「の」と書いてしまったりその逆だったり、という間違いが多発している。
スピンの組み替えである。ええっと。ああそうか! 構造がみえてきた。ちょいと図書館。 解釈のもんだいですよねぇ。
決定論的なマクロの世界と非決定論的なミクロの世界。
この2つの世界を「つなぐ」あるいは「境界」がすべてだ。
「境界」が「振動」している。
(個人の感想です) 世界は決定されてるんじゃなくて収束してるんじゃないかなあと思ったり
石を放り投げた時、その石がどこに飛んで何に当たるかはわからないけど重力がある以上地面には落ちてくるわけだ
この重力みたいな恒常的に働いててばらばらの全てをなんとなく同じ方向に引き寄せる力っていうのはたくさんあって
それが物理法則とかだったり生存環境だったり社会環境だったりする 例えば、くじ引きに同意するなら、
偶然性に運命をゆだねたという意志がそこに見て取れるように思える。 例えば蓮の花が咲く前に蕾を付けた蓮が池に浮かんでいたらその蕾は開くことが決まっている、というのが摂理だ。
その蓮の花が咲くことが決まったのは、太古の昔に蓮の花の種か誕生した時だとしよう。そのように物事には方向性があり、その方向性に沿って決定的な未来の予測ができる。
種ができる前に予め蓮の花が咲く原型みたいなものが種に宿っていたのは確かだし、地上に生物が誕生する前から蓮という花の骨格が何らかの形で示されていたのかもしれない。
ある程度の決定論は認めてもいい。
今世の中に蔓延るすべてのものは今後の種であることは確かだから。しかしその種が細い線で遠い未来に通じているということはない。 >>1
滅亡するが、どんな風に滅亡するかは?
決定しているが、決定していない わたしは死ぬが、病気か事故か老衰かは
わからん
他に自殺、他殺等々 精神科たよること自体が洗脳の結果ってなんなのか!? どこかで1-3くらい馬鹿なやつが決定論を信じてやる気を失って自滅したとして
決定論が未来を変えたというのはおかしいな
変わったというのは信じなかった場合の未来に対してだから
決定論なのに決定論を信じるか信じないかの二択になってる 決定論ではある出来事はその前の出来事があるから起こるということになってる
努力したからいい成績を取ったというように
いい成績を取りたいと強く願うならそのための努力をするのも運命
むしろ人にやる気を失わせるのは出来事の連鎖を有耶無耶にする非決定論だろ
勘違いすんなよ 運命信じなくて結果変わるんなら決定論じゃないじゃんww >>18
決定論では信じた時点で信じなかった場合の未来は架空だ
努力してもしなくても未来が決定してるのは決定論じゃないから
お前は決定論じゃないものの矛盾で決定論を否定しようとしてるんだ
馬鹿に哲学は無理 >>19
ただの屁理屈やん
お前の妄想を哲学にすんなよ 「決定論に出会って彼の未来は変わった」のような表現は文学ではよくある
ただこの文学的表現で決定論を否定するほどの馬鹿中年が生存できていることは超常現象としか思えんな それなら決定論は中身のない議論だってことだよね
ちょうどお前も4レスも使って何も言えてないし >>22
つまりまだお前は「決定論に出会って彼の未来は変わった」が決定論と矛盾しないことを理解できないわけだな
このスレを立てた時点でアホで馬鹿なことは確定してるから必然ではある >>23
どう矛盾してるのか説明できるんならしてみろよ >>24
矛盾しないから無理
お前は書けば書くほど馬鹿になっていくな あとミクロの世界が非決定的というのも
人間がミクロの世界の法則を見つけられていないだけという可能性があるから
決定論と同じで可能性の一つでしかないからな
勘違いすんなよハゲども 決定論だと困るから世界は非決定的って
道徳主義的誤謬じゃないっすか
哲学で最も恥ずかしいカテゴリーミスじゃないっすか メンデルの法則って小学校で習ったろ
いつの間におまえらは特別な存在になっちまったんだ 決定されていようがいまいがそれによって何も変化がない
ならば考えるだけ無駄
結論が出ても無意味
これに尽きる 決定論アンチの行動は周囲からの情報とは完全に無関係に決まるという
それでよく中年まで生き延びたなと >人間がミクロの世界の法則を見つけられていないだけという可能性
ないことは証明できないので
非決定論が真理であることは永久に証明できません
決定論も同じです
どちらかを真理のように語る輩は新興宗教だから気をつけてね 証明という手続き自体は決定論世界に担保されてるよねw
ワロスw 滅亡という短絡的な世界の構成ではないよ。滅亡も何かをかくしているんだ。 決定する現在に意味はあるが、過去は現在の決定に影響を与えない無意味さで会って、
現在に確実に一点がある。未来を決定するわけじゃなくて、未来の方向性を
現実の一点が決める。 未来が変わった?気のせいだよ。
元々の未来はそうじゃなかったと実証できるなら話は別だけどね。 >>34
馬鹿しかいないな
なにを証明したら
もうなにもないことを証明できるのか言ってみろ低能 量子論を自由意志に結びつけるのは飛躍
つまり量子運動の法則を解明しても自由意志の否定にはならない
早くこのくらい理解してよ低能ゴミども 自由意志が「存在」するのなら存在の要件を満たし
関係性の中でのみ存在するだろう
存在可能な自由意志は決定論世界でのみ存在可能だ
w 自然が法則に従って動いているのではなくて
自然の中に法則が見出せるというだけ >>41
クズカルトの自由には要件はない
空気読めない馬鹿のくせに喋るなゴミ 自由意志がこの時空間に存在可能なら
自由意志は存在の要件を満たしたものに限られる
どうしようもない事実だね 時間が存在しない場合自動的に決定論世界となる
現在のところ時間が存在しているという証拠は一つもない >>45
つまりこの時空間以外では存在できない自由なの?
自由じゃないじゃん
お前は馬鹿なんだよ
しつこいよゴミちゃん 存在の要件を満たさないと存在でないような「自由」は
いったい何から「自由」なんですか?w >>48
だからそれは自由じゃないって教えてやってんだろうがよ
転んで死ねばいいのに 現象として、時間的空間的制約の中に現れる、現実に存在する、あるいは存在可能な自由について語っているということからは
逃れられませんよね?w
じゃあ、現実に存在可能な自由意志は数々のカテゴリーの要件を満たしたのものに限られるw >>50
>数々のカテゴリーの要件を満たしたのものに限られる
じゃ自由じゃないじゃん
お前は馬鹿なんだよ >>52
いや・・・
お前の仮定が自由と関係ないだけで
自由が存在するかしないかとは関係ない
本物の馬鹿だな >>53
いや・・・
お前の理解力と関係ないだけで
自由が存在するかしないかとは関係ない
本当に可哀想 >>1
元々やる気が無いのにやる気なくすと嘘言っちゃダメだよ
君にやる気が無いのは君の親の教育がなっておらず君がダメ人間だから
それをみんな一緒だと思い込んでも君だけが無能な事実は変わらない…… >>54
お前も1と同レベルのアホ馬鹿
必要条件十分条件をマスターできないまま中年になってしまった生存させてやる価値のない人間
この時空間に存在している→飛躍→この時空間においてのみ存在可能 果てさて
時空間とやらがまるで連続体として存在しているような発言でつね
タイムマシンが作れると思ってそう
作れなくとも過去とやらが存在してると思い込んでいそう >>57
お前の意思が自由すぎてこの時空間で論理破綻してることと
連続体だか過去だか知らんが
お前が捏造したなにかが存在してるかしてないかは関係ないんじゃね?
条件Aで存在している→飛躍→条件Aでないと存在できない→自由じゃない >>58
君は自分の言葉の意味がわからず語っているようだそう馬鹿にされていることすらわからず馬鹿を晒している
哀れだな…… >>59
間抜けはお前だ
全知全能の神でないと言えないことを平気で書いてる
自分の書き込みを1000回読み直せアホタレ そうだ
だから全知全能じゃないお前に批判する資格はない
バカは分からないことは黙って聞いとけ
それが我慢できないなら目と耳とを抉りとって引き篭もっていればいい 分かっていることで話すしかないじゃんね
神とか思考放棄じゃんね >>61
アホな全知全能わろた
存在するための要件を満たせない意思は設定崩壊でもう自由意志じゃないだろアホボケカス
アホな全知全能の理論だと物理法則を回避するための要件を満たせない自由意志もありえるじゃん 1は決定論じゃない関係ないなにかと戦ってるし
61は自由意志じゃない関係ないなにかと戦ってるし
ボケ老人専用の施設みたいだな 複雑系で決定論は完全否定されてるやろ…
このスレには文系しかおらんのか… 量子の運動を支配する未知の物理法則が存在しないことを証明できたら非決定論者の勝ち(悪魔の証明)
ただし人間の選択が物理法則ではなく不規則な量子の運動に支配されている可能性もあるので自由意志の証明にはならない
未知の法則が見つかれば量子論に関しては決定論者の勝ち
完全に勝つには量子以外に予測不可能なものが宇宙のどこにも存在しないことを証明しなければならない(悪魔の証明)
たぶん永久に勝負つかないだろ 逆に量子が物理法則で規則的に運動しているとしても自由意志が存在しないことの証明にはならないな 証明という手続きは決定論世界を担保にしています
証明で片が付くということは決定論世界の出来事です
ここで証明という言葉を出すのはちょっと間抜けですよね
そんなもの誰も期待してはいない 証明で片が付くならとっくについているということですね しかし、量子の運動を支配する法則性がないのに
量子と地続きであるマクロ世界に、法則性が,生物学、化学、物理学における還元主義が有効なほどに
現れるのは何故なんでしょうね あるいは、量子効果を込みで設計してある電子部品は一体何なんでしょうかw 今の人間の知識では観測するまで雲であると考えるしかないだけで
雲であること(法則性がないこと)が証明されたわけじゃないぞ
カルトに騙されて勘違いするなよ >>75
証明の妥当性は形式論理が破綻しないという前提あってのことでしょう
違いますか?w >>76
へえ非決定論は悪魔でも証明できないのか
お前は確実に馬鹿だから黙ってロムってろや 物質の反応は作用と反作用からなる
作用と反作用がないものは存在していないのと同じ
決定性の外、関係性の外にあるものは永久に作用反作用を起こさない
それは存在していないことと同じことでしょう
非決定的な事象は我々となんら接点を持ちようがないでしょう
ww 日常我々が経験する自由意志は自由意志感に過ぎない
自我というものが存在し、そこから自発的に意思が生まれる
そういう「感覚」「錯覚」なんですよ
ここは錯覚についてあれこれ言う場所じゃないですからね >>80
蓋然性は自由意志より高いな
自由意志について詳細に説明できる自由意志信者は見たことないしな 予定説のカルヴァン派みたいにはならんかな
そもそも未来は決定されてるからといって人はやる気を無くすのだろうか? 予定説とか信仰の意味がなくなる
信徒のクレームで意見を変えたんだよね
いい加減だよ 決定論はすべてが因果で繋がる
やる気を出しても出さなくても結果が同じならそれは決定論ではない
もし決定論を知ってやる気を失う馬鹿がいたらそれも決定していたこと
1くらい馬鹿なら決定論がなんなのかすら理解できなくても不自然じゃないだろ 自由詩の様に運命が決まらないか 定型詩の様に運命が決まるかは興味深い。 未来には多様な可能性が広がっているのか、或いは一本道なのか
たった一つの選択しか許されない以上は検証は不可能だな
いま私が置かれた状況だと書き込みボタンを押さなかった未来は
決して観測することはできない訳だ 可能性の一つが必ず選択される為、結果は必ず一つになる。
結果的に見れば決定論的に見えてしまうが、その実は結果論に過ぎない。
まぁ、量子を確率的なんて言ってるのに、決定論を語れる訳がないね。 非決定的プロセスと決定的プロセスは同居できないのでは? 予測の科学は必ずやいつか勝利するという楽観論だな。
未来があらかじめ決まっているならば予測は可能ってことだ。
未来が決まっていないならば予測は不可能な科学になってしまう。 量子の世界はただのノイズかな。マクロの世界になるほど決定論的になる? 結局、半導体や植物の光合成、量子コンピュータなど量子プロセスも因果の流れに組み込まれているんだが・・ 量子プロセスが因果を生成していないとなれば
量子プロセスと地続きのマクロ世界の因果はどこから生成されているんでしょうか
非常に不思議なことをおっしゃっているとしか思えません 量子の運動を予測不可能と決めつけるような書き込みも散見されるが
物理学者の能力不足の可能性を排除するということは物理学者を神だと思ってるはずで
権威主義もそこまでいくときもいな
己の無能さを自覚して自重してほしいがそういう馬鹿に限ってキチガイだから無理 科学的な事実は科学者の能力や観測実験機器の限界を込みで見ないとね
まさかそれを度外視して話してる奴なんかいるのか?w 簡単である決定論ならば宇宙が線形であり、分からない部分はカオスに見える
だけであると断言していることだ。
カオスは擬似乱数を考えればいい、少ない範囲で起こる有限数値空間における擬似乱数
も無限に思えるが有限である擬似乱数である宇宙は等しいという仮説により決定論で
未来は確定する。
これは宇宙が有限である必要がある、もちろん時間も有限で始まりと終わりがあり
その外側は存在しないという仮説だ。 未来は決まってもいて決まってもいないが断絶する方が面白いし、
過去は決定事項でなくまだ変化し続けている。 変化してるのは過去の解釈であって、過去は変化などしないよ。 学術君は形而上学のスレでも実存的な見地から語るよね 過去が変化しないと生物学的におかしい帰結になる。外の生物 自分の生物としての過去。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています