https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AA%E3%83%89%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC
セオドア・ジョン・カジンスキー(英語: Theodore John Kaczynski、1942年5月22日 - 2023年6月10日)は、アメリカ合衆国のテロリスト。数学者でもあり、最年少のカリフォルニア大学バークレー校助教授でもあった。アナーキズムに関する著作もある[1][2][3]。

数学に関しては神童であったが[4]、1969年に大学のキャリアを捨てて、自給自足に近い原始的な生活をしていた。FBIのコードネームからユナボマーとも呼ばれる。

1967年に提出されたカジンスキーの学位請求論文『Boundary Functions』[36]はサムナー・B・マイヤーズ賞を受賞している。これはミシガン大学で一年に提出された最も優れた数学の博士論文に送られるものだった[37]。指導教官だったアレン・シールズは「今まで見てきた中でも一番素晴らしかった」といい[22]、審査委員の一人だったマクスウェル・リードは「アメリカでも理解できたり褒めたりできるのは多分10人かそこらだと思う」と語っている[35][37]。彼はこの論文をもとに2本の雑誌論文を書き、ミシガン大学を去るまでさらに3本を雑誌掲載している[36][38]。

1967年の後半、25歳のカジンスキーはカリフォルニア大学バークレー校で、開学以来最年少の数学の助教授となった。彼はこの大学で学部生を相手に幾何学や微積分を教えていた[39]。学生による授業評価だけをみれば、彼は好かれていたとは言えない。教師という立場に居心地の悪さを感じているというのが学生の印象で、教科書に書いてあることから一歩も出ずに授業をしたり質問があっても答えなかったという[37]。1969年6月30日にカジンスキーは何の説明もなくこの学校を退職している[40]。当時に数学科の学部長だったJ・W・アディソンは「突然で思いもよらない」辞職だったと語っている[41][42]。