ジョン・ウェットン 12 UK、ASIA、その他いろいろ John Wetton [無断転載禁止]©2ch.net
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前スレの>>991
>いやぁレイクASIA見れば肝はハウじゃないって分かるだろ
いやいやレイク版は何よりキーが違うから比較はかわいそう。
日本公演のときは突然の交代で歌詞を覚える暇なくてカンペ見てたから余計に。自分は生で聴いた。
声質があれだけ違っても、ベースがウェットンタイプだったらもっと聞けんだけどね。
一番は曲のキーとベースの音質の問題。
ASIAのアレンジはベースが太いのが前提でリズムギターが僅かしか入ってないんで、レイクのドンシャリで中音域が薄いベースでは相性があまりに悪すぎた。
ボーカルの違いはキーもそうだし、そもそもあの時期のレイクの喉の調子がかなり悪かったから余計に良くなかった。 ついでに言っちゃうと、人気の面でもハウ不在は大きかった。
前スレにも出てくるけどプログレで世界的人気だったのはYes、ELP、ピンクフロイドあたり。
クリムゾンは玄人人気は高いけど動員ではずっと格が下で、ジェネシスもポップ路線の前は世界レベルのバンドとは言えなかった。
ASIAで格上バンドにいたのはハウとパーマー(ダウンズは当時はYesというよりバグルスの人)。
結成時、プログレファンの中での雰囲気はハウとパーマーが格上バンドの出身者で、ウェットンとダウンズは格下に見られていたところがあった。
(ちなみに自分はクリムゾンとUKのファンだったのにやっぱりそう思った。)
その中でもパーマーはELPではフロントマンではなかったんで、年上でしかもYesのフロントマンで、
ギター専門誌で殿堂入りしたギタリストのハウが世界的には一番人気だった。
ウェットンはボーカルだけど、1st.が大ヒットしてからもそのヒエラルキーからはなかなか逃れられなかった印象があった。
これが当時感じた自分の印象。 初期オリジナルのエイジアにおいては、きっとハウの発言権がやっぱり大きかったんだろうな。
ウェットンとパーマーは最初、キーボード無しのトリオでやりたかったみたいだしね。それハウに反対されたんだろ。
メジャーなネームバリューからすると、EL&Pとイエスにはクリムゾンは及ばないから、そのへんは仕方ない。
ハウは作曲者としてそんなに貢献してなくてもトータルな音楽性では主導権を握ってたんじゃないのかな。
実際、ヴォーカルはウェットンでも1枚目も2枚目も音楽性はなんだかドラマのイエスに近い感じだよ。
その意味では、アストラはそんなアンダーソン不参加の機械的なイエスっぽい呪縛がとれてて好きだけど。 エイジア的なサウンドが受けるのは栗よりYESやELPのファンっぽい気はなんとなくする。 EL&Pの歴史の中では、けちょんけちょんにけなされまくってるラブビーチだけど、意外と使える。
オレは体調不良で倒れそうな朝とか通勤電車の中で聴くと、なんか元気もらえるね。あれなんでだろう。
ひょっとしてメンバー3人がヤケクソでつくった明るさが、栄養ドリンクみたく作用してくれるのかもな。 だってKing Crimsonってクリムゾンキングの宮殿以外に見るべきものが無いじゃない。 >>5
後追いか?
前スレにもいろいろ書いてあるが、クリムゾンは70年代は来日無しでラジオ雑誌でもあまり取り上げられる事が少なかった
解散も早かったしマスコミで露出がないと人気が出る訳ない
UKが結成された時ちょっと取り上げられたりしたがマニア向けの位置付けだ
ELPやイエスは女子ファンがついてたしな 前スレ1000様
次のスレ立て放棄しますのでよろしくお願いいたします ほんとにまあ、前スレ終わらせないでこっち始めちゃうし、
長文で御託並べる前にわきまえることがいろいろあるんじゃないか?>>2-12 >>998
>前スレは残り少ないのに後先考えないで埋めてって
>次スレ立てろって言い出すし
>次スレはいきなり2から人の話聞かないくせに長文書き込んでるし
10レス残ってた程度でだから何なんとしか思えないけど
長文書き込むのもこの板に限らずよくあることだし
このスレをコントロールしたい意図でもあるのか? 文句あるなら最初にテンプレ書き込まないで放置した>>1に言うべきでは? あ、ごめん。このスレのテンプレって本当にあれしか無いのか…。 >>16
ソウルサバイバー
中間のバース、ハウのギターはドラマまををわ ↑
ハウのギターはドラマみたいな
って言いたかった ヒカル TV出演「年間5億は稼ぐ勢いですね」
https://www.youtube.com/watch?v=G7qL6ftpets
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最高月収5000万円だとさ。年収じゃなくて「月収」な
おまえらもyoutubeに動画投稿したほうがいいぞ。副業にぴったしだ
やろうと思えばスマホがあればできるぞ
最低2年はやらないとここまではいかないだろうけど才能とアイデアと
企画力と継続力があればが大儲けできる可能性がなくもない
まだまだ他の職種に比べれば競争率は低いからオススメ
顔出したくないならラファエルみたいに仮面つければいい
ハロウィン用でいろいろな仮装マスク売ってるからオヌヌメ UKの初来日公演行ったけど、圧倒的に男性の方が多かった。あと客席もそこそこ空席があってマニアックな印象。
その前年にキャメルの初来日公演も観たけど、UKの方がお客さん少なかったぜ。なんでだろうね。不思議だ。
ただキャメルの時はメル・コリンズが大歓迎されてたんだよね。彼がサックスやフルート演奏する度に大歓声。
他のメンバーが気の毒に思えたくらいだよ。でも3人UKのウェットンのベースとヴォーカルはほんと凄かったよ。
声は少し枯れてたけど、それも良い味だしてたな。 それ中野サンプラと青年館ホールだよね。サンプラは当時そこそこ、でも青年館は
ずいぶん小さいし、席も少なかったよね。それで空席というと、当時の知名度も知れてるなあ。
昔外バンドを見るだけで興奮していたものだけど、その誤十年以上経て新宿厚生年金会館なんぞ
非コンサートでいったけど、こんな小さな所だったか? と唖然としたことがある。未知の所というのは
どうも過剰な規模で記憶に残ってしまうようだ。 >>30-31
UK観れたのうらやましいな。
貴重な公演の様子をブログか何かでネットに残してほしいです。
例のコールの話とか、こういう事実関係や時代の空気とか、後になるとわからないものだから。
ミュージシャン本人も後で結構喜ぶと思うんだよね。 おれは大阪厚生年金会館でみた
今のオリックスホールか
3階席だった
結構キーボードトラブルがあったな しかしビリー・シャーウッドはよく働くな
エイジア 最新ライヴ・ツアーの舞台裏映像第2弾を公開
http://amass.jp/89854/ オレもUKの初めての来日に大阪で遭遇したけど、キーボードのトラブルあったな。
「ジ・オンリー・シー・ニーズ」の演奏中に、なんだかジョブソンがもたついてたよ。
ジョンに「早くしろ」って指示されて、キーボードからヴァイオリンソロに移行した。
ジョブソンはばつが悪そうにヴァイオリンで自分の頭を叩いてたね。 >>35
生々しくていいなあ。
ジョブソン本人に言ったら、直後は嫌がるだろうけど今なら笑い話じゃないかな。 >>35
俺が大阪で覚えてるトラブルは Time to killか何かの曲のサビで突然キーボードが鳴らなくなった
そうすると歌ってるウエットンの音程が滅茶はずれして突然音痴状態
すぐトラブルは復旧したけど それ、多分VCAに矩形波LFOでモジュレーションかけて音出してる時にテンポが、微妙に合わなくって、オタオタしたんだと思う、ジョブソンが、テリーに向かって「もっと早く」って感じで指をクルクル回してたのを覚えてる。その間ウェットンは、気分良さげに弾きまくってたけど。 以前から「自伝」(亡くなったから関係者の証言集)の発売希望のコメントが
たくさんあったけど、このままいけば「2ちゃん証言集」って薄い本が出そうな
気配。
日本関連の目撃証言がたくさんありそうだ。
あと、憶測だったのががインタビューで裏付けされてたり。
なにせ、渋谷を一人寂しく歩いたらしいから。 https://www.youtube.com/watch?v=UeiWAGnZswc
このインタビューは20年前のものだけど、英語は初心者にもわかるほどはっきりしている。
ちょっとお酒が入っているかな。
ルックスはもうボロボロになりかけの頃で、ちょっとみていられないほど悲しい。
後半で「Hold Me Now」を作曲するに至った母親との確執を包み隠さず語っており、
あんなに明るい彼の闇の部分を垣間見ることが、もっと悲しくさせる。 >>42
ありがとう!
全部みたよ
最後のほうでウエットンにズリネタ聞くのはどーかと思った
一番最後にクリムゾン再加の話を降られた時のウエットンの表情
何ともいえない >>44に比較すると
>>42は明らかにお酒が入ってるね。
>>42の29分からHold Me Nowのことが語られているけど、母親とかなり幼いころ、
10代の早くからなにかうまくいかなかったみたいだ。和解したのは97年からほんの数年前らしい。
アニー・レノックス、ビョーク、マニック・ストリート・プリーチャーズなどを
聴いているってなんかしっくりこない。
それにしても、ウェットンってこんなに胸毛がモジャモジャあったのか?
なんかがっかりしてんだけど。
得意の「シャツのボタンを余計に開けて胸毛ちょい見せ」どころではないだろう。
エイジアの最初の、あの黒いゆったりしたシャツの胸毛ちょい見せが好きだ。 ちょっと待て、97年にマニックス聞いてない英国人のロックミュージシャンの方がおかしいだろw 俺もマニックス好きだから嬉しいな
This Is My Truth 〜の頃のメロメロさはウェットンの音楽性に通ずるところがあると思う おれは >>45 だけど、みんなが指摘しているように、「97年に英国のみんなが当たり前のように
聴いていたマニックス」を聴いていたことに驚いている。
もっとわけわからんバンド名が出ると思っていたから。
もっとも「オアイセス」と言われなくてほっとしている。別にオアイセスに恨みはないが。 >>42
ありがとう
後日ゆっくり見させてもらうわ 一日早いけど、ハッピーバースデー、ミスター・ウェットン。
神様に愛されて呼ばれていった最高のベーシスト。
今でも、一番好きだ。 >>50
歌はもちろんいいけどベース良かったなあ。
存在感があるのに曲を生かすベース。 >>3
自分の印象はちょっと違うな
ASIA結成当時は、パンク台頭でyes、ELPも下降線をたどってた
ASIAは、スーパーグループとしてMTVで頻繁に曲がかかり、ウェットンのルックスやキャッチーなメロディーラインが受けて、20代前後中心に指示を得た
プログレよりはポップスのついて行ったファン中心で、そこにハウのファン等一部のプログレファンがついて行った
ハウはあくまで職人に徹し、1stではいかに存在感あるフレーズを弾くかだけを考えていた
コアなプログレファンからは、ASIAはプログレじゃないと叩かれており、日本講演では早くもダウンズの演奏力が失笑をかっていた
ASIAはウェットンのバンド
日本公演の「失敗」もウェットンがいなかったという失望が大きな理由で、キーやカンペの問題は置いといて、演奏内容は問われてなかったと思う
レイクはリハーサルもままならない中、頑張っていたと思う >>52
>>3書いたの自分だけど、インタビューではハウは1stはバランスを気にしてずいぶんセーブしてたらしい。2ndでやっと好きに弾けたみたい。
ASIAは曲はウェットン主導でアレンジはハウがいなければ普通のロックバンドであれほどは売れなかったと思う。
他はほぼ同意だよ。
ただそれも日本の話で、アメリカあたりになるとハウの人気はあのメンバーの中では当時絶大。
ウェットンがクリムゾン以後、エイジアで売れるまではUK以外はあちこちのバンドのサイドメンやセッションで食いつないでいたのを見れば、二人の海外での評価というか格の違いは想像できると思う。
日本はいろんな弦楽器を弾くハウのスタイルはあまり好まれなかったみたいで、他のメンバーと評価の差がたまたまあまり大きくなかった。
そもそもハウのギターの基盤のカントリーミュージック自体が日本では極端に受けない音楽なのに、アメリカでは今も昔も一番人気の音楽だから。 >>53
そうだよ。でもレイクには自分で制作にかかわった曲じゃないし、たぶん聞いたこともなかった曲ばかりのベースを全部覚えるだけでも大変で、歌詞まで覚えるのは厳しかったんじゃないかな。
ベースも細かいところはかなり端折ってて、わずかだけどミスってるし。 >>54
52だけど、イエスのファンで、ハウも大好き ハウの来日ソロツアーは見に行ったよ
ハウがいなければASIAがここまで成功していなかっただろうという意見には勿論異論なし
ハウのちょっと変わったフレーズや音色が、原曲の良さを一層引き出し、癖はあるけど一味違った楽曲に昇華させる
ケチをつけるつもりはないんで、気分を害してしまったのであればご免なさい
トーマトの頃、ツアーはそれなりに成功していたが、ポリスからも馬鹿にされ、イエスファンとしては肩身が狭かった
でも、ASIAが大成功し、YESも90125で商業的大成功を納め、まさかのプログレ復権・・・良い時代に生かせていただきました
WettonもYESも関連する正規CDはほぼすべて手に入れて楽しみました 日本公演決まってたから、皆から拝み倒されて、本人もウェットンの代役勤められるのは自分しかいないと思ったんじゃないの
確か、本人がウェットンに電話で了解取った上で参加したはず >>57
いえいえ、全然気に障ってませんのでそんなお気になさらずに。
ただASIAの場合、ASIA以前のハウとウェットンの海外と日本での評価の違いを考えておかないと、バンドの成り立ちがかなり違っちゃう気がするんで補足でした。
実際ASIA以前のメンバーの活動をよく知らない当時の新しいファンは、ウェットン主導のバンドと思った人も多かったと思いますし、3枚目は完全にそうだし。
でも、この背景を知っておくと3枚目がなぜ売れなかったのかが、なんとなくでもわかるんで。
>>56
ベースとボーカルでプログレのネームバリューのある大物と言ったら他にいなかったからね。
今でもなかなかできない全米衛星生中継ライブでプロモーションまで始まってからの突然の交代だから、もし中止したら大変な損害になっていたはず。
その意味ではあれはあれで成功。その後の全米ツアーもちゃんとこなしたし。 いやいやエイジアではなくレイク自信にの事を聞いたつもりなんだけど。
師匠やダウンズにソロコーナーは設けてもレイクは無しだからただの代役としてしか存在意義のない舞台で有名だけにリスクだけ背負ったんじゃないかと思って。 つまらない主導権争いのゴタゴタで首のすげ替えなんてしてなかったら歴史に残る素晴らしいライブになったんだろうな
真ん中にレイクが現れたステージを当時のファンはどんな気持ちで眺めてたんだろうかね レイクも報酬はタップリ貰えたんじゃない?
パーマー達からの依頼は断りにくかっただろうし、そんなに乗り気だったとは思えない
友人からの依頼で報酬は悪くないから取りあえず引き受けたんじゃないかな
会場行くまでウェットンがレイクに変更になってること知らなかった人も多かったみたいだし・・・
ハウやパーマー、レーンらに公演中止という選択肢はなかったと思う 険悪な状態のままオリメンで来日しても酷いライブになってたかもしれないしなあ 真意の程は定かではないが、確かウェットンは当時アルコール中毒で仕事もままならない状態だったとどこかで聞いた記憶がある
少なくともメンバー交替という危機がなければ、ハウやパーマーはそんなに気合入ってなかったんじゃないかな
ハウもパーマーも必死に演奏していたと思うよ
個人的にはキーの問題や声質が気にならなければ、演奏のレベルは高くて良いライブだったと思う
MTVで全世界向け配信なんだから、さすがにレイクのソロコーナーは時間の問題からも有り得なかったのでは・・・ 初来日はもう就職してて学生時代の友人とMTVの放送じゃない日に行った
ウェットンの代役でレイクなのはラジオと新聞で情報を得ていた
プログレのスタープレーヤーが観れたのでかなり満足したライヴだった
ハウの熱の入った演奏がバンドをリードしていた
無銘の新人がB,Voだったらまた違っていたと思う
エイジアで洋楽に入ったような人は誰だよあのデブ?とかの人もいたようだが 当時はデブという専らの評価だったけど、ELP再結成〜晩年と比較すれば、まだ充分いけていたと思う(笑) 話しを聞けば聞くほど、レイクが首を縦に振らなきゃ大変な事になってたのは分かった。
けどそんな状況なら尚更、自分が師匠かダウンズの立場だったら自分のソロ時間削ってでも感謝の意味でレイクに一曲分位の時間はプレゼントするけどね。 >>61
ウェットンが脱退してたの知らなかった人もいたらしいからw
まぁ、当時は大型ビジョンなんてなかった時代だしね >>68
EL&PやLAKEのソロ曲歌われても多くの観客にとっては知らない曲となるので、歌うのは相当勇気がいったと思うぞ
最近のエイジアのコンサートとは違い、客層もプログレ目当ての人は少数
多くは当時のヒット曲聞きに来てた
だから、ドント・クライ何故やらなかったのか疑問に思ってた人は多いはず
直前までリハーサル一生懸命してたのにね
ハウのソロもイエス離脱後に発表したスケッチ・イン・ザ・サン
ダウンズはファーストソロからの曲を披露
プレイスタイルが全く違うウェットンと比較されるのは、きっとLAKEも望まなかったでしょう
兎に角失敗は許されない大舞台だったんで、皆ピリピリしてたと想像できる
それに、そもそもLAKEを知らない人も観客のかなりの割合を占めてたようですよ 分かりやすく言うと、70年代のプログレ曲をやるのは当時はダサい事で、リスクがあった
また、レイクのソロ曲の多くはハードロック調なので、ハウが引くのを嫌がったと思うぞ >>68
ボーカルのソロはちゃんとあった。レイクもウェットンと同じでピアノ伴奏のThe Smile Has Left Your Eyes。
それに中継日のセットリストはテレビとラジオ側の都合があるから、勝手に決めるわけにもいかないでしょ。
あれは事実上中継のためのライブなんだから。曲順だってテレビ中継は一曲目を飛ばして二曲目から始まってるぐらい。
>>69
当時は公演発表後の変更は新聞の広告(告知)欄とラジオぐらいしかなかったから、それを見なかった人は当日まで何も知らないのが普通。
以前アルフィーの桜井氏がウェットン目当てで観に行ってレイクが出てきてズッコケた話をしていた。そもそも氏はレイクを知らなかったらしい。 >>73
レイクがソロ・コーナーで一曲やるとすれば難しく考えなければ、さほどプログレっぽくもないアコギとボーカルのみのラッキーマンが有力だと思われます。
ソロなのでハウに弾いてもらう必要もありません。
因みにハウはエイジアの1982~3年のツアーで古代文明、クラップ、ビギニングス等の70年代に発表した曲をソロで演奏してます。 日本公演は初の全世界向け中継であり、本人たちも過去に頼らない新しいASIA を発表したかったんだと思うよ
後のツアーでハウが過去の曲をやるようになったのは、2枚目アルバムで冷遇されたからじゃない
ドント・クライはあまりハウは関わってないみたいだし、アルバム全体を通してギターの音が全く聞こえていないと本人不満漏らしてたよね
おそらくそれまでは、過古曲は我慢して弾くの我慢してたんじゃないかって気がする エイジアにイエスを期待されても路線違うからね
復活エイジアは半分同窓会だから、何でもありだったんじゃない? エイジアの初期ライブでも、ソロコーナーではイエス時代のソロレパートリーやってたな 勘違いした、ご免なさい
エイジア・イン・エイジアは、一世一代のイベントだったから、新しいことをやりたかったんでしょう
来日公演最後の日(中継なし)はクラップとかやったようだし >>77
ハウは一枚目は我慢して二枚目は結構満足してたらしいけど。Youtubeに転がってた来日前のインタビューによれば。
ところでうろ覚えなんだけど、中継の日は追加公演の扱いじゃなかったかなあ。
チケットも安くなかったっけ?たぶん時間も他の日より少し短かったような気がするんだけど覚えてる人いませんか?
>>78
初期ライブはアルバム一枚では曲数が足りないから昔の曲をやっただけだと思うけど。
復活ASIAは完全に同窓会のファンサービス。 レイクは夢見るクリスマスやればよかったのに。それかエピタフ(タルカスにくっつけたみたいに)
ほぼ独唱の時は♪ザスマ〜イルハズレフチョ〜アイズって歌ってたな。ウェットンは♪レフヨ〜アイズって歌う。
レイクは当時大役をやりおおせた。偉かった。でも偉そうなロック雑誌とかはけなしとった。あいつらほんとしょーもないわ。 エイジアインエイジアは、昔、ブログに書くため調べたことがある。
衛星中継するため、日中のライブとなり、追加ということもあって
それで割安料金が設定された。
ウェットンの名前で販売開始となった後、
途中からレイクの名前で新聞広告が打たれている。
だから、行って初めて知った、というのは考えにくい。 >>82
だから、今のファン層とは違い、ミーハーお姉さんや普通のロックファンが沢山見に行ってたんだよ(笑)
新聞広告と言ったって、全ての全国紙に1面全て貸し切った訳ではないし、インターネットもまだない
テレビのニュースで取り上げられればまだしも、一部新聞の広告がけでは、見た人は少数
情報拡散のスピードも今とは雲泥の差
外タレの情報なんて、音楽専門雑誌と僅かなラジオ・テレビ洋楽番組位からしか入手できなかった時代だよ
まだ、アルバムのライナーノーツが洋楽アーティストの少ない情報入手源だったんだから(笑) 大好きなアーティストのアルバムはライナーノーツ目当てで日本盤は必ず買ったものだ
今じゃ大好きなアーティストは情報足りてるので購入は安い輸入盤
82クンは、もしかしてまだ生まれてなかったのかな? ちなみに自分は朝日新聞で当時変更を知った記憶がある >>83
そうだよなー
情報なくて東京まで行って西新宿いったなー 76年3月
キーニーでブート買ってMerody Maker
を買いに行って、今はなき渋谷道玄坂YAMAHAの二階で1千100円以上して買えなかった
今の感覚だと5千円くらいか
夕刊現代と同じタブロイド紙が二週間遅れで!
けど、それくらい情報源に餓えてた 82クンですが、リアル世代です。
エイジアインエイジアも行きました。
早めに武道館に行ったら
中からファーストにもセカンドにも収録されてない
インストが聞こえてきました。
今ほど知識がなかったので
特定できませでしたが。
ご指摘のとおり、当時は情報源は限られていて、
日本盤のライナーノーツとか
輸入レコード屋の店内ポップ広告とか
有り難がってましたね。 逆にプログレファン的に言えばあそこでレイクさえ断ってくれれば、ってところだな 武道館3日間通いましたよ
チケット代は最初から予定されていた初日と3日目が4500円
中継が決まってねじ込まれた2日目がサービス価格の3000円でした
セットは初日と2日目が同じで初日は公開リハのようなものでしたね
3日目は生中継の緊張感から開放されたのかのびのび演奏され
中継時間に合わせる必要が無いのでソロコーナーも前二日より長く
ハウはクラップも弾いたのですが知らない人が多いようで反応はイマイチでした
最後のアンコールで初めてドント・クライが演奏されましたが
リハ不足のためか2番か3番の入りでレイクがトチったことが記憶にあります >>82
新聞広告なんて下一段隅っこに一日載るだけだからね。ラジオだって数秒の告知をたまたま聞かないとわからない。
プログレが音楽マスコミからほぼ無視されてた時期の後だから、リスナーでELPを知ってるのは一部マニアだけ、当然レイクを知る人は少ない。
先に書いたアルフィーの桜井氏の例みたいに、プロミュージシャンですらプログレファンでなければそんなもの。
>>88
ドント・クライはそのあとのアメリアツアーのブートにも入ってなかったと思う、貴重。
自分含めて、こんなにリアルがいるってことは、今アラフィフのおじさんたちがこれ書き込んでるんだな、感慨深いw
まとめ作ったら貴重な資料だね。 >>88
気になってちょっと探したらそれあったよ、レイクのどんと暗い。youtube凄いな。
ttp://y2u.be/6bKoJJz-jnM
たしかに1、2番の出だしとかあちこちで少しこけてるね。ちなみにジョンだったらこうなってた。
ttp://y2u.be/X95p75nxKuM
全然ダメなんじゃないか思って聴いたら、なんか他の曲よりレイクに合っててびっくり。
この曲ならジョンと結構いい勝負かも? これ中継でやってたら受けたろうなあ。 >>91
やったよ、あの後ほぼそのまま米ツアーだったみたい。セットリストもほとんど同じ。
ブートも残ってる。 ジョンとレイクは14才と16才くらいの中高校生の頃から地元で知り合い(ちなみにR.フリップも)。
そのころレイクはたぶんまだギタリストだけど、後に二人はフリップつながりでボーカルとベースっていう同じパートの双璧になる。
ASIAではジョンの穴をレイクが埋めて、ジョンは後のELPのトリビュートアルバムでビッチェズ・クリスタルを歌ってる。
そんな二人がわずか二か月の違いで癌で亡くなるんだから共演が無いのが不思議なくらいの縁。 昨夜、スターレス高嶋がまたキンクリのうんちく垂れてる番組やってたが、やっぱ濡豚の死はショックだったようだな >>94
同じベース&ボーカルだからこそ、共演がなかったんだろうな
ギターやボーカルなら普通に共演あるけど、リズムセクションは2人いらない
それでもドラムならまだ打楽器だから共演があり得るが
ベースは音程がある楽器だから、一緒に弾いて下手にズレるとアンサンブルがおかしくなる
ベーシスト同士は一番共演が難しいパートだよ >>96
まあね、ダブルドラムは普通によくあるけど、ベースは音程が被るからね。
でもそれよりは、クリムゾンの新旧同じパートだから、一時はどうしても比較される立場だったんで、
周囲が気を使って企画を持ち込まなかったのかな?と。
他のバンドでも同窓会イベントで新旧メンバーが一同に集まっても新旧ヴォーカリストだけは滅多に共演しないし。
でも観たかったなあ、やっぱり。 TOTOは結構仲良くやってるな<新旧ヴォーカリスト 声の出ないレイクと指の動かないウエットンで何かできたかもなあ 今頃、ウェットン、レイク、スクワイアで喧嘩しながらベーストリオやってるよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています